第775話 再合流

 国都に着いたからさあ王様に会いに行こう、とはならない。

 なぜなら、総大将であるカナリア公が到着していないから。

 予定では、僕達からそう遅れることなく国都入りすると聞いていたんだけど、それが一日延び、二日延び、三日延び、結局予定から五日ほど遅れて国都に到着した。


「おう、ヘッセリンクの。北ではご苦労じゃったの」


 王城の控室で顔を合わせた僕に、手を挙げて笑いかけてくるカナリア公。

 思わずお疲れっす! と返してしまいそうになる軽さだ。


「カナリア公。酷いではありませんか。確か、エスパール伯爵領で待てという指示だったと思いますが?」


 すんでのところで挨拶を返すのを踏みとどまり、苦言を呈してみると、バンバンと僕の背中を叩きながら言う。


「護国卿殿よ。そんな細かいことを気にするようでは下がついて来ぬぞ?」


 はあ? 自慢じゃないけど下には慕われてますけどお?

 なんて言うわけにもいかず言葉を探していると、僕の前に進み出たのはこの日ようやく合流したジャンジャック。


「レックス様。許可をいただけましたらこの爺めが即刻この死に損ないを殴り倒しますが」


 拳を握りながらはっきりアウトな不敬をかます爺や。

 それに対してヘッセリンク伯爵である僕ができる回答は一つしかない。

 

「駄目だ。この死に損ないを殴り倒すなら陛下との謁見後にしてくれ」


 総大将として、王様に事の顛末を報告する義務があるからね。

 その前に使い物にならなくなったら困っちゃうわけです。


「許可を出すんじゃないわいこの馬鹿者め。大体、妻に会いたくなったのじゃから仕方ないと思わんか? 逆の立場ならどうじゃ?」


 長い長い遠征の後、離れ離れの愛しい妻に一刻も早く会いたい気持ちが溢れ、気付いたら領地へ向かっていた、と。

 なるほど。

 

「やむを得ませんな」


「レックス様!?」


 僕の反応にジャンジャックは信じられないと目を見開き、一方のカナリア公は我が意を得たりと満足そうに頷いてみせる。


「そうじゃろう、そうじゃろう。儂とヘッセリンクのは、レプミアを代表する愛妻家同士じゃからのう。お主ならわかってくれると信じておったわ」


 千人斬りと同列?

 いやいや、まさかまさか。


「私は許しましたがジャンジャックのそれは別です。ジャンジャック。陛下との謁見が終わったら好きにしてもいいが、くれぐれも人の目には気をつけてくれ」


「御意」


 やるならバレないようにね?

 家来衆が王城で貴族を殴ったなんてことになったら大事だから。


【弟子は伯爵を、師匠は公爵を】


 実現したら、師弟でとんでもない実績を解除することになるね。

 これは紛うことなきヘッセリンクだ。


「御意、じゃないわい。ジャン坊よ。多少強引に連れて帰りはしたが、久しぶりの故郷は悪くなかったじゃろう? 森にばかり篭らずたまには帰ってこんか」


 話が変わった。

 カナリア公は面白半分じゃなくて、ジャンジャックに里帰りを促すため、半ば強制的に連行したのか。


「毎日毎日朝から晩まで酒を飲んでいただけなのに故郷の良さなど感じられたわけがないでしょう。それと、奥方様の貴重な水魔法を二日酔いの緩和に使うな恥を知れクソジジイ」


 話が戻った。

 やっぱり碌でもない。

 スバルおば様が癒しを使えるからどれだけ飲んでも平気! じゃないんですよ。

 

「落ち着けヘッセリンク伯。ジャンジャック将軍もそのあたりで。この後陛下との謁見が控えている。そのあたりで勘弁してやってくれ」


 そう言って割って入ったのはアルテミトス侯。

 この人も自由奔放なカナリア公に振り回された側のはずなのに、流石の落ち着きだ。

 カナリア公も、アルテミトス侯の態度を手を叩きながら称賛する。


「流石はアルテミトスのじゃ。目上への礼儀がしっかりしておる。いや、若い者にはぜひ見習ってほしいのう」


 味方を得て、ちらちらと僕を見ながらそんな事を言うカナリア公。

 しかし、ここでまさかの展開が!


「いや、その後なら煮るなり焼くなり好きにしてもらって構わないのですが?」


 アルテミトス侯の華麗なる裏切り。

 これには、流石のカナリア公も驚きに目を見開いた。


「お主も怒っておるのか!?」


 アルテミス侯はその問いかけに答える代わりに薄く笑った後、カナリア公の肩を両手でガッチリと掴むと、顔を近づけてゼロ距離から言う。


「さあこれから凱旋だと言う時に、総大将が突然いなくなるという前代未聞の出来事が起きて怒りが湧かない人間がいるなら、ぜひ紹介していただきたいものですなあ」


 アルテミトス侯自慢の握力はカナリア公も簡単には振り切れないらしく、王城の控え室で十貴院所属貴族同士の力比べが始まった。

 ふれー! ふれー! ロッベールト!

 

「くっ! 下の世代は心が狭い!」


 カナリア公が拘束から抜け出そうともがきつつそう吐き捨てると、アルテミトス侯が鋭いカウンターを繰り出す。


「仮にそうだとすれば、貴方やラスブラン侯、それにプラティ・ヘッセリンクのやんちゃを嫌というほど見せられた結果ですな。ああ、ああならないよう真面目に振る舞わなければ、とね」


……

………


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