第774話 懐が広い

 というわけで、長かった北方遠征を終え、帰ってきましたレプミア王国国都。

 ありがたいことに、帰ってくる途中の街々で僕達の帰還を歓迎する宴が開催され、ドラゾンに乗った僕達を見た人達がパニックになったなんて話を聞いたり、宴のたびにエイミーちゃんの胃袋が火を吹いたなんていうクスリと笑える微笑ましい出来事がありはしたが、それはそれとして。

 

「よく戻りました。北方では見事な活躍だったとか。この母も非常に鼻が高い思いです」


 屋敷にあるママンの部屋。

 自ら淹れてくれたお茶をテーブルに置きながら、ママンが優しく微笑む。

 

「ありがとうございます母上。ちなみに、どのような活躍がお耳に入っておりますでしょうか?」


 聞こえてきてる活躍の内容によっては、高くなった鼻を一旦低くしてもらわないといけない可能性があるからね。

 

「エスパール伯爵領に迫った蛮族達を打ち払い、一気呵成に北方へ侵攻をかけたと聞いていますよ?」


 よし。

 それなら鼻が高いままで結構です。

 あの場面は我ながらいい仕事をしたと自負しているし、なんと言っても愛妻との共同作業だ。


「ええ、間違いありません。このエイミーとともに、今にもレプミアに襲い掛かろうとしていた蛮族達に仕置きを行い、出鼻を挫くことに成功しました。ヘッセリンク伯爵として、恥ずかしくない戦果だったと自負しております」


 僕のドヤ顔を見て満足げに頷いたママンが、次いでエイミーちゃんに視線を向ける。


「エイミーさんも、よくしてのけてくれましたね。流石は、私の自慢の義娘です」


 そんな義母からの称賛に、感激したように口元を両手で覆うマイプリティワイフ。

 この可愛い生き物がアルスヴェルの王様を問答無用で蹴り倒したなんて、一体誰が信じるだろうか。


「お義母様……! ありがとうございます。ですが、それも全てレックス様のお力あってのこと。私の貢献など、微々たるものでしかありません」


 目に浮かんだ涙をそっと拭いながら謙遜してみせるエイミーちゃんだったけど、彼女の貢献が微々たるものなわけもなく。

 戦場で、女神の操るその炎が猛威を振るったことは詳しく語るまでもないだろう。

 

「何を言うんだエイミー。贔屓目なしに素晴らしい活躍だった。ジナビアスの城で王の側近を完封してみせた場面など、母上にもぜひご覧いただきたかったくらいだ」


 あとで聞いたら、あのスキンヘッドさんはジナビアスでも一、二を争う武人だったらしい。

 それをたった二発で沈めた愛妻に敬礼。


「それを仰るなら、レックス様が敵の首魁であるジナビアス王をその身一つで打ち倒されたではありませんか。ああ、なんと素晴らしい光景だったでしょうか。思い出すと頬が熱くなります」


 思い出しているのは僕のカナリアフォームじゃないよね?

 以前グランパに聞いていたとおり、あの姿に筋肉アピール以上の意味はない。

 テンションが上がってついつい脱いでしまったけど、はったりで他国の王様に筋肉を誇示したことになるので、できれば一刻も早く忘れてもらいたいものだ。


「身体一つで? レックス殿。また貴方は無茶をしたのではないでしょうね?」


 エイミーちゃんの言葉に引っかかったらしいママンが眉間に皺を寄せる。

 仕方ないというか、これが普通の反応だよね。

 一般の召喚士が、武闘派蛮族の王様と身体一つで殴り合ったなんて聞いたら、どうかしていると思われてもおかしくない。

 

「ご心配をおかけして申し訳ないございません。ただ、無茶などしておりませんとも。召喚獣を喚ぶまでもなかった。ただそれだけのことです」


 僕の言葉を聞いたママンは完全には納得いっていない様子だったが、そんな義母にエイミーちゃんが前のめりで捲し立てる。


「お義母様。レックス様の仰るとおりです。ああ! 雄々しくも優雅に空中を舞い、ジナビアス王を容赦なく城から蹴り落とされた姿はまさに最高のヘッセリンク。あの姿をご覧になったら、先代様も先々代様も、きっと感動に涙されることでしょう」


 北方でよく見られた瞳孔全開モードのエイミーちゃん。

 自慢の義娘のそんな姿を見たママンがどんな反応をするか恐る恐る窺うと、特段の反応を見せないどころかむしろ笑顔で頷いてみせた。


「そう。エイミーさんが言うならそうなのでしょうね。国境を守っただけでなく、細かい戦果も挙げたとなればジーカス様も喜ばれることでしょう」


 ふところひろーい。

 いや、エイミーちゃんの様子をスルーしたのもそうだけど、王様を蹴落としたことを細かい戦果に含めるところなんて流石は先代ヘッセリンク伯爵夫人だよ。


「自分で言うのもなんですが、他所の王を蹴り落とした部分にお咎めはないのですね」


 念のためにそう尋ねてみると、ママンは何を言ってるんだとばかりに深いため息をついて首を振る。


「咎める? 息子が敵国の王を仕留めたのです。それを称賛することはあっても、咎めることなどありましょうか」


 仕留めてないですよ?

 その一歩手前までいっただけなのでセーフ。

 しかし、今回の件でそれ以上のやんちゃはしていないからママンにお叱りを受けることはなさそうだ。

 この調子で、後日行われる王様と宰相への報告も上手く乗り切ろう。


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