第773話 レプミア帰還

 リュンガー伯の先導でアルスヴェルの都に向かい王様と面談し、お褒めの言葉と記念品を受け取ってそのままリュンガー伯爵領へ向かう。

 先方の都や王様との面談でなにもなかったのかというと、無事にリュンガー伯爵領から戻っていた王子様と王女様が、うちの道化師さんにしがみついて行っちゃ嫌だと泣きじゃくったことくらいだろうか。

 ヘッセリンク家来衆のなかで、アデルと並ぶ子供への特効持ちだからねガブリエは。

 おばさまとピエロの違いはあれど、二人が揃えばオーレナングの幼児達はイチコロだ。

 こんなエピソードを持ち出すくらいだから、結論何もなかったと言っていいだろう。

 リュンガー伯爵領でも特段事件が起きることもなく、今回の一件ですっかり仲良くなったリュンガー伯と再会を誓い合って別れた僕は、久しぶりにレプミアの地を踏んだ。

 本当ならエスパール伯への挨拶を済ませてオーレナングまで一直線! と行きたかったんだけど、カナリア公からはエスパール伯爵領で待っておくよう言われているので素直に待機。

 幸い買ったばかりの別荘もあるので、エイミーちゃんと暗殺者組で少し早い休暇と洒落込むことに決めた。

 確かにそう決めたんだけど。


「もう終わったのですか? 流石の交渉力。ぜひご教授いただきたいものです」


 戦後処理してたんですよね? と聞きたくなる速度でアルテミトス侯が帰国したことで休暇は終了となった。

 早すぎる。

 僕達がエスパール伯爵領に着いてまだ五日も経ってませんけど?


「交渉が信じられないほど簡単に進んでな。いや、これもどこかの狂人殿のおかげだ。なんせ自国の王が城から叩き落とされたのだから、要求を呑まねば何をされるかわからないと、可哀想なくらい怯えていた」


 こんなに要求が通ったことは国内でも記憶にないと笑うアルテミトス侯。

 その笑顔は、さながらマフィアのボスだ。


「尊敬するアルテミトス侯のお役に立てたなら、他国の王を蹴落とした甲斐があったというものです」


 イタズラに他所の偉い人に殴りかかっただけという評価にならないなら、それに越したことはない。

 ある意味、戦後処理にも貢献できたと胸を張ろう。


「蹴落とすが比喩ではなく事実なのがヘッセリンク伯の怖いところだが、さて。北でこなすべき仕事は全て終わった。これから国都に向かう。同道願うが、よろしいか?」


 ここからは、北の蛮族さん達に勝ちましたよ、とアピールしながらの旅になるらしいけど、断る理由はない。


「もちろん。陛下へのご報告は避けて通れませんしね。なにより、今回は叱られるようなことをしていないので、気楽なものです」


 王様に会いに行く時の大半が何かしらやらかした時だと考えれば、今回は言うなれば凱旋だ。

 歓迎されこそすれ、お説教が待っているようなことはないだろう。


「確かに、振り返ると、驚くほど大人しかったな今回のヘッセリンク伯は」


「ジャンジャックが大暴れでしたからね。私までやんちゃに振る舞うとなると、皆さんにご迷惑をかけてしまいますので」


 暴れていいのは、一戦場につき一ヘッセリンクまでとする。

 そう考えれば、ジャンジャックが暴れているなら僕が引くべきだろう。

 逆の場合?

 ジャンジャックは僕が暴れてても関係なく暴れますね。


【一戦場、一ヘッセリンクとは】


 何事にも例外はあるさ。


「まあ、もし叱られるとしたらジナビアス王の暗殺未遂だろうが、そこは私が庇っておこう。よくよく考えたら、あの場面でヘッセリンク伯をけしかけたのはカナリア公だからな」


 そうなんですよ!

 カナリア公がエイミーちゃんを連れて突撃して来いなんて言うから城の壁に穴が空いて不幸な事故が起きたんですよ!

 ……と、おや?


「そういえば、カナリア公はどちらに?」


 総大将の姿が見えないけど、エスパール伯の屋敷の方にいらっしゃるのかな?

 まあ、わざわざ僕の迎えのためだけに別荘地まで来ないか。

 それを考えたらアルテミトス侯が来てくれてるのもおかしな話だけど。


「自領に帰られた」


「は?」


 バリバリの上下関係で結ばれた貴族界隈で、上の人が言ったことに聞き返すなんて往復ビンタ案件だが、そうなる気持ちもわかるとばかりに頷いたアルテミトス侯が、もう一度一言一言噛み締めるように言う。


「カナリア公は、一度自領に戻られた。国都には自領から向われるらしい」


「それはまた。いえ、構わないといえば構わないのですが。何かありましたか?」


 もし緊急の用件ならもう一度空を飛ぶことも辞さない。

 一回飛んだから二度も三度も同じだからね。

 しかし、僕の問いかけにゆっくりと首を振るアルテミトス侯。


「奥方に会いに帰られた」


「は?」


 二度目の『は?』は、正常な貴族界隈なら右左右左右右左のコンビネーションビンタ不可避だろう。

 しかし、僕の知っている貴族界隈は正常ではない。


「奥方の顔が見たいと呟かれたと思ったら、もう話を聞きやしない。止める我々を振り切り、自領に侵攻する勢いで走り去って行かれた」


 スバルおば様か。

 千人斬りなんて呼ばれてるのに愛妻家とか、偏食なのに好き嫌いはありませんって言ってるような矛盾を感じるけど、本当に仲良しだからなあの老夫婦。


「すると、もしかしてジャンジャックも?」


「姿が見えないのが答えだな。なんだかんだ、ジャンジャック将軍もカナリア公やサルヴァ子爵に言われると弱いらしい。ああ、そのカナリア公から伝言だ。『ジャン坊に休暇をやってくれ』、と」


「やむを得ません。というか、ただでさえ最低限の休暇しか取らず働き詰めですからねうちの爺やは。いい機会なので、長めの休暇を認めると、カナリア公に文を出しておきます」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る