第772話 行き過ぎ

 イケ散らかした見た目ながら中身は可愛いミケを保っていることを知ると、女性陣が一斉に飛びかかってもふもふの顎の下の毛や、尻尾を撫で繰り回す。

 初めこそ、がうっ? がうっ? と戸惑いの声を漏らしていたミケだったが、すぐにお腹を上に向けて撫で撫でを受け入れていた。

 彼は虎ですか?

 いいえ、大きな猫です。


「見た目どころか種族すら変わるとは。流石は主だ。この世の理など平然と捻じ曲げてみせる」


 マジュラスが褒めているかどうか微妙な言葉を口にすると、可愛い弟分がヘラヘラ笑いながら手をひらひらさせて応じる。


「そりゃあレックス・ヘッセリンクだからな。この世の理なんてそこらへんの石ころと同じだよ。拾い上げて遠くにぽーいってなもんだ」


【この世の理で遠投を楽しめてこそヘッセリンク伯爵です】


 肩の強さに自信あり。

 

「確かに主は色々なものを投げ捨てていそうではあるな。どうだ、リュンガー伯。レプミアを敵に回さなくてよかっただろう? もし、貴殿が主の敵だったら、な?」


 マジュラスの意味ありげな言葉を受けて一瞬怯んだように見えたリュンガー伯だったが、すぐに胸を張り、強い調子で断言する。


「少なくとも、私が当主となって以降リュンガー伯爵家がレプミアへ積極的な敵意を抱いたことはない。そして、これからもそれが変わることはないだろう」


 つまり、ずっとお友達でいてくれると。

 そういう意味ですね?


「そうであってくれることを心から祈っているぞ。せっかく手と手を取り合える仲になったのに、敵対することは避けたいからな」


 知らない相手でも気乗りしないのに、友達と殴り合うなんてまっぴらだ。

 お互いのために妙な気を起こさず、ズッ友でいてほしい。

 僕が差し出した右手を、リュンガー伯が両手でがっちりとホールドしながら言う。


「私の目の黒いうちはもちろん、子々孫々、レプミアの、そしてヘッセリンク伯爵家の友として在ることを誓おう」


 頼もしい限りだ。

 東に聖騎士メラニア。

 西にアラド君ことピデルロ伯。

 南に大叔母さんであるオラトリオ伯。

 そして、北にリュンガー伯。

 これで四方の国に頼れる仲間ができたことになる。

 

「子々孫々とは心強い。そういえば、若いのにもう子がいるのだったか。なにか土産になるようなものはあったかな」


 へい、コマンド。

 子供ちゃんに渡して喜ばれそうで、かつ親御さんも感心してくれそうなハイセンスなブツはあるかい?


【お酒と濃緑の葉っぱなら掃いて捨てるほど】


 それらを捨てるなんてとんでもない!

 仕方ない。

 リュンガー伯爵領に着いたらバリューカの城の欠片でも置いていくか。


「男の子ばかり三人、それもやんちゃ盛りだからな。土産なら、ヘッセリンク伯の活躍を話してやればさぞ喜ぶだろうが……そうだ。三人ともヘッセリンク伯のお子様達と歳は変わらないはず。将来、ご息女に我が家に嫁いでいただくなどというのはどうだろうか」


 サクリを嫁に?

 ふむ。

 なるほど。


「ミケ。リュンガー伯の首を取れ」


 僕がそう告げると、地面でへそ天状態だったミケが素早く体勢を整え、サーベルの刃を煌めかせながらターゲットに踊り掛かる。

 指示どおり、狙いはリュンガー伯の首。

 残像を残しながらの必殺の一撃だったが、リュンガー伯を守るように突き出された剣がミケの刃を受け止め火花を散らす。


「冗談でもそういうことを言うな主。ミケ兄様は我ら兄弟の中で最も主の指示に忠実なのだから。洒落にならんぞ」


 ミケが振るったサーベルをすんでのところで抑えたのはマジュラス青年。

 紅の騎士服を纏った虎と濃緑の騎士服を纏った亡霊が睨み合ったあと、どちらからともなく剣を引く。

 

「冗談? 半分以上本気だったが?」


「なお悪い」


 へいアンデッドキング。

 眉間に皺を寄せるのはよしなよ。

 

「すまねえな伯爵様。このイカれた兄ちゃん、極度の親バカなんだわ。ほら、よくいるだろ? 娘は嫁に行かない! とか喚いちゃう親父。あれが行き過ぎたらこうなるわけ」


 青い顔で固まったままのリュンガー伯の肩を叩きながら、そんな風に僕を評するメアリ。

 極度の親バカなんて、そんなに褒めるなよ恥ずかしいから。

 

「……なるほど。ヘッセリンク伯の友でいるためには、色々発言に気をつけなければいけないのだな。勉強になる」


 真面目な顔で頷くリュンガー伯。

 いやいや。

 そんなに難しいことはない。

 狂人だなんだと言われちゃいるが、基本的には明るく朗らかな行き過ぎた親バカだから。


【行き過ぎた自覚があるなら自重してください】


 自重できないから行き過ぎてるのさ。

 そうだろう?

 そんな不毛な脳内やりとりを知らないメアリが、肩をすくめながら新しい友にアドバイスを送る。


「身内を悪く言わなきゃ、そうそうおかしなことにはならねえよ。そうだろ? 兄貴」


「ああ、メアリの言うとおりだ。ちなみに、僕の言う身内には家来衆や召喚獣達も含まれるので気をつけていただきたい」


「心得た。リュンガー伯爵家の名に於いて、アルスヴェル王国中、いや、元同胞達まで徹底させることを約束しよう」


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