第771話 ミケ、変化!

 こんにちは、ノンデリ狂人です。

 活躍の場を与えられず、喚ばれたと思ったら可愛いと愛でられて雄としてのプライドが傷付いて拗ねてしまったミケ。

 機嫌を直すための手段としてマジュラスが提案したのは、ミドリを除く兄弟にはお試し済みのサイズ変更を行うことだった。


「ミケを変化させる、か」


「ダメかのう? きっと、今後の主にとって前向きな発見になると思うのじゃが」


 僕の呟きに躊躇いの色を感じたのか、マジュラスがお願い! というように上目遣いで見つめてくる。

 その横では、ミケが前脚の肉球を揃えて拝むようなポーズをとっていた。

 そんなんだから可愛いって言われるんだよ? なんて言おうものならダメ押しになってしまうのでお口にチャック、と。


「ダメかと言われれば別にダメではないが、敢えてここで試す必要があるかどうか」


 ここがオーレナングならすぐにでも試しただろうし、レプミアのどこかでもそれは変わらない。

 ただ、ここはアルスヴェル王国という他所様の土地で、直近まで敵対していたことを考えれば簡単に手の内を晒していいのか悩むところだ。

 そんな僕の内心を察したのか、リュンガー伯が口を開く。


「私は席を外そうか? ミケ殿とマジュラス殿を見ることができただけで満足だからな。これ以上を望もうとは思わん」


 あら気が利くこと。

 ただ、そんなに素直な反応を示されると、逆に僕が出し惜しみしてるみたいに見えないだろうか。

 んー。

 よし。


「まあいい。よく考えたら隠すことでもない」


【本当によく考えましたか?】


 そりゃあもう熟考よ。


「では、やってみようか。リュンガー伯。私は一般的な召喚士だが、些か変わった特技があってな。マジュラス」


 亡霊王を手招きして呼び寄せ、柔らかな髪の毛に手を置くと、一気に魔力を注ぎ込む。

 キタキター!!

 今の今まで満タンだった魔力が一瞬で空になる感覚に襲われたあと、マジュラスが黒いモヤに包まれ、その闇の中から青年期マジュラスが姿を現した。

 

「……敢えて我を大きくする必要があったのか? 我が主ながらおふざけが過ぎるぞ」


 髪をかきあげながら眉間に皺を寄せる騎士服の青年。

 その姿を見たリュンガー伯が、目を見開きながら喘ぐように言う。


「マジュラス殿、か? これは驚いた」


 タネも仕掛けもございません。

 あるのは無尽蔵の魔力だけでございます。


「このように、召喚獣をより精強に変化させることができるんだ。そして、今からやろうとしているのが、この可愛い可愛いミケの変化だが、喜べ。この子の変化は、初めて試す」


 ついうっかり発した可愛いにミケの耳がピクッと反応したが、これから起きることへの期待の方が大きいのか抗議などせずじっと僕を見つめてくる。


「その切り札を温存してなおあの脅威か。改めてレプミアの恐ろしさを感じる話だ」


 青年期マジュラスの放つ圧を受けて、額にじんわりと汗が浮かぶリュンガー伯。

 これはいけない。

 行き違いはあったけど、レプミアはアルスヴェルとの友好を深めていくつもりだって、ちゃんと言葉にして伝えなければ。


「なあに、恐ろしく感じる必要などないさ。これから貴国は良き隣人として蛮族諸国をとりまとめてくださるのだろう? 我が王は、敵には厳しい態度で臨まれる反面、友人はとても大切にされるタチだ。これからは、仲良くしようじゃないか」


 爽やかな笑顔、温かな声色、優しさ重視のワードチョイス。

 完璧だ。


「陛下には、くれぐれも王族の皆様を引き締めていただくよう強く申し入れることを誓おう」


 リュンガー伯の表情がガッチガチなのは気のせいだろう。

 もしかして、面と向かって仲良くしようなんて言われたから照れちゃってるのかな?


【狂人の圧による隣国への牽制。お見事です】

 

 解せぬ。


「では、友となった証に、ミケの変化のお披露目といこうじゃないか。ミケ。準備はいいか?」


 そう声をかけると、ミケが早く早くとせがむようにすりすりしてくる。

 可愛いやつめ。

 いかついマッスルキャットになるくらいならこのままでもいいんだけど、機嫌を直してもらうためにはそうもいかない。

 

「マジュラス。何かあればみんなを守ってくれ。おかしなことにはならないと思うが、なんせ僕のすることだからな」


 レックス・ヘッセリンクを一番信用していないのは僕自身だ。

 そんな僕の言葉を受けたマジュラスが、ギャラリーと僕達の間に瘴気製の黒い幕を張る。


「自覚があるのはいいことだ。こちらは任された。主よ、ミケ兄様を頼む」


 オーライ。

 じゃあ、行こうか。


「ではミケ。大きくなーれ」


 緩い掛け声とは裏腹に、マジュラスに注いで空になったところから急回復していた魔力を、再び底をつくまで一気に注ぎ込む。

 すると、なんということでしょう。


「……がうっ?」


 赤いテンガロンハットにマントと長靴を履いた三毛猫。

 それがクリムゾンカッツェだ。

 そして、僕が全力で魔力を注いだあとのミケを一言で表せば、虎。

 僕と同じくらいの背まで成長し、マントや長靴に加えてタイトな真紅の騎士服を身に付けた、細身の虎獣人が姿を現した。

 可愛さの代わりにかっこよさを手に入れたイケメン虎は、確認するように自分の手や脚、顔をさすさすと撫で回すと、どう? とばかりに僕に向かってコテンと首を傾げる。

 よかった。

 中身はミケのままだな。


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