第770話 ノンデリカシー

「おいで、ミケ」


 僕が魔力を込めて名前を呼ぶと、いつものとおり赤いブーツにマント、テンガロンハットを身につけた猫さんが空から降ってくる。

 音もなく着地して見せたミケは、一目散に僕に駆け寄ってくると嬉しそうにすりすりと身体を擦り付けてきた。

 はっはっは!

 甘えん坊さんめ!


「おお……! これが、ヘッセリンク伯自慢の召喚獣殿か。なるほど。素晴らしい面構えだ」


 リュンガー伯がミケの姿をしげしげと眺めてそう評する。

 面構え?

 可愛い一択じゃない?


「この子はクリムゾンカッツェのミケ。戦闘に長けた非常に危険な魔獣だが、このとおりの可愛さも有している」


 僕がそう言いながら帽子の上から撫でてやると、それを嫌がるように頭を振るミケ。


「ん? どうしたんだミケ」


 普段なら自分から撫でる手に頭を押し付けてくるところなのに珍しい。

 しかし、この時さらに珍しいことが起きた。


「に゛ゃっ!!」


 先程まで身体をすりすりしていたのに、頬を膨らませながら僕の腕をポカポカと叩いてきたのだ。


「あらあら。どうしたのかしらミケちゃんったら。なんだか怒っているみたいです」


「ふむ。やはり活躍の場をあまり与えてやれなかったから拗ねているのかな? どれ」


 機嫌を直してもらうべく、腕への猫パンチを続けるミケを優しく抱き上げ、頬や喉、お腹などをわしゃわしゃと撫でてやると、気持ちよさそうに目を細める。

 ふふっ。

 僕のゴールデンフィンガーにかかれば召喚獣のみんなの機嫌をとることなど造作もない。

 なんて思っていたら、懐柔されそうになったことに気づいたらしいミケが、細めた目をカッ! と開き、僕に抱かれたままシャーッ! と威嚇してくる。

 反抗期かな?


「伯爵様。ミケが何かしらに怒っているのは間違いないようですが、このままでは埒があきません。マジュラスを喚ばれてはいかがでしょうか」


 普段と様子が違うミケに違和感を感じたらしいクーデルが、通訳を呼んだほうがいいと提案してくれたので即採用する。

 

「そうしようか。おいで、マジュラス」


 魔力を込めると、こちらもいつもどおり白を基調とした王子様ルックで黒いモヤの中から姿を現すマジュラス。

 弟の登場に、ミケがニャッ! と短く鳴いて飛びついていく。

 大きな瞳をウルウルさせながら抱きついてきた兄をガッチリと受け止めたマジュラスが、宥めるようにポンポンと背中を叩いてやりながら言う。


「おうおう、ミケ兄様。可哀想に。落ち着くのじゃ。なんと言っても、主に悪気は一切ないのじゃから」


 まるでデリカシーのない人間を見るような目でこちらを見てくるマジュラス。

 可愛い少年からのその視線は、なんら後ろ暗いところがなくてもなんとなく効くからやめてもらいたい。


「すまないマジュラス。ミケは何をそんなに怒っているんだ? いや、今回の戦であまり喚んでやれなかったことは反省しているのだが」


 それで怒っているなら反省のしようもあるんだけど、それにしては喚んだ瞬間のスリスリは喜びに溢れていた気がする。

 一体何をそんなに怒っているのか。

 思い当たる節のない僕がマジュラスに問いかけると、ミケを抱きしめたままの亡霊王が言う。


「うむ。答える前に一つ聞くが、なぜ今ミケ兄様を? 見たところ、特に敵の気配はないようじゃが」


「ああ。リュンガー伯が召喚獣のみんなを見てみたいと言うのでな。さっきも伝えたとおり戦の最中はあまり喚んでやれなかったし、まずは見た目も可愛いミケを披露しようかと」


 僕がそう答えると、再びミケがミ゛ャッ! と短く鳴きながら僕の腕にポカポカと猫パンチを繰り出してくる。

 その光景を苦笑いしながら眺めるマジュラス。


「なるほど。いや、実はな?」


 かくかくしかじか。


「つまり、戦の最中ほとんど声が掛からず拗ねていたところに、やっと喚ばれたと意気込んだ出てきてみたら、敵がいないどころか可愛いだなんだと紹介されてさらに拗ねてしまったと。そういうことか?」


 首肯するマジュラスと、プイッと顔を背けるミケ。

 おいおい可愛いか?


【ノンデリカシー認定待ったなし】


 口に出してないからギリギリセーフでしょ?

 しかし、そうだよね。

 男の子に可愛いは禁句だ。

 我が家にはマルディやシャビエルがいるし、そのあたりは気をつけないと。

 ノンデリカシーな狂人は、絶対NO。


「そういうところも可愛いのよね、ミケは」


「ああ。許されるなら街で子供達に芸を披露する際、横に置いておきたいと思うくらいに可愛いね」


 そんな決意をよそに、女性陣が可愛いを連呼しながらミケを撫でくりまわす。

 やめてあげて!

 小さい声で鳴いてるから!

 クーデルとガブリエから庇うように抱き上げると、二人から隠れるように僕にしがみつくミケ。

 可愛んんっ!


【セーフ!!】


「……なるほどな。僕に非があるのはわかった。では、どうすれば機嫌を直してくれるだろうか。当面戦など起きないだろうしな。ああ、オーレナングに帰ったらお祖父様か父上にぶつけてみるか?」


【鬼! 悪魔! レックス様!】


「そういうことではないのじゃ。ん? なんじゃミケ兄様。ふんふん。なるほど? ここで? そうじゃな」


 ミケがマジュラスを呼び寄せ、なにかを耳打ちする。

 癒される光景にホッコリしていると、話がまとまったらしくマジュラスがとことこと近づいてきた。


「主。ミケ兄様からお願いがあるそうじゃ。ゴリ丸兄様達や我の姿を変化させたように、ミケ兄様も大きくなりたいらしい。詫びがわりと言ってはなんじゃが、ここで試してみてもらえるかのう?」

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