第769話 ミケ、拗ねる ※主人公視点外

 主が北の国々との戦に危なげなく勝利されました。

 レプミアが繰り広げた蹂躙と呼んで差し支えないほどの圧勝劇。

 もちろん奥様や家来衆の働きにも目を見張るものがありましたが、特筆すべきはやはり主の活躍でしょう。

 特に、主が身体強化をお使いになり、敵の王を抹殺せんと飛び掛かられた時などは、兄弟全員で歓声を上げたものです。

 しかし、そんな戦もひと段落し、主がレプミアへの帰路についた時、私達兄弟の間に一つの問題が起きました。


「いい加減機嫌直せって。仕方ねえだろ。俺達が出るような相手じゃなかったんだからよう」


 ドラゾン君が困ったような声で一生懸命宥めている相手。

 それは、これでもかと頬を膨らませ、全身の毛を逆立てながら『怒っているぞ!』と主張している三男坊、ミケ君です。


「ドラゾン君の言うとおりですよ。いかんせん、今回は相手が弱過ぎました。召喚士である主がその肉体だけをもって叩き伏せることができる程度の敵。私達が出ては、被害が大き過ぎる」


 私も必死の思いでそう諭しますが、こうなったミケ君はめんど……一筋縄ではいきません。

 私達の説得に、目に涙を溜めながら反論してきます。


「それでも、ゴリ丸兄もドラゾン兄も喚ばれたではないか! マジュラスもミドリもメゾもタンキーも! 某だけがほとんど留守番だった!」


 ずるい! ということらしいですが、こればかりは仕方がないこと。

 さて、拗ねてしまった弟をどう攻略しようかとドラゾン君と視線を交わしていると、ミドリ君が空気を読まない発言を繰り出しました。


「喚ばれたけど、お手伝いできたのは本当に移動だけ。主ともっと遊びたかった」


 普段ならなんてことのない発言ですが、今のミケ君には自慢にしか聞こえないでしょう。

 案の定、両手をぶんぶんと振りながら声を上げます。


「だいたいにして! 最近の主はおかしい!なぜ身体なんて鍛えていらっしゃるのか。主自身が強くなる必要なんてないではないか! 某を喚んでくだされば、どんな敵も打ち払うというのにい!」


 拗ねながらも、妹に当たらなかったことは兄として評価しましょう。

 まあ、ミケ君の言うこともわからなくもないところです。

 召喚士たる主が、上衣が弾け飛ぶほどの身体強化魔法を修得する必要性があるのか。

 奥方が喜んでいらっしゃると言われれば、納得するしかないのですが。


「わかったわかった。おう、マジュラス。次に主に喚ばれたらミケにもお声がけいただくよう伝えてくれや」


「わかったのじゃ」


 ドラゾン君が手っ取り早い解決策を提示し、マジュラス君が心得たとばかりに返事をしますが、今日のミケ君はさらに頬を膨らませました。

 猫型なのにリスのようです。


「そうではなくて! 某は! 召喚獣として! 必要な場面で喚ばれたい!」


「んー。ミケお兄ちゃん、めんどくさい」


「ぐはっ!?」


 ミドリ君の手加減無用の攻撃に、頬に溜めた息を吐き出しながらミケ君が倒れ込みました。

 これはいけない。

 

「おい、ミケ!? 大丈夫か!? 気をしっかり持て!!」


 慌てたように倒れたミケ君に声をかけるドラゾン君。

 マジュラス君も必死の形相で駆け寄り、すっかり萎んだ頬を叩いて意識の有無を確かめています。


「ミドリ君。可愛い妹からのめんどくさいは、お兄ちゃん達には効き過ぎますから絶対にダメです。さ、ミケお兄ちゃんにごめんなさいしなさい」


 私がめっ! と注意すると、今度はミドリ君が柔らかな頬を膨らませましたが、倒れて動かない兄の様子を見て素直に頭を下げました。


「むう。ミケお兄ちゃん、ごめんなさい」


「素直に謝れていい子なのじゃ」


 そんなミドリ君をマジュラス君が褒めると、ミケ君がむくりと起き上がります。


「せめて、某も主を乗せて走れるくらい大きくなれればいいのだが」


 そうなれば移動の時にも喚んでもらえるのに。

 そう言いたいのでしょうが、大きなミケ君というのは想像がつきません。

 ドラゾン君も同じようで、唸りながら首を捻ります。


「でかいミケ? あー、そうなったら虎とか獅子とか。そんな感じになるのか?」


「いや、単純にこのまま大きくなるだけでは? 私やドラゾン君も小さくなってもこのままでしたし」


 そう言った私に反論したのはミドリ君。

 短い前脚をはいはい! とばかりに挙げて口を開きます。


「でも、マジュラスお兄ちゃんは大きくなったら違う人だったよ?」


 確かに。

 マジュラス君は、可愛らしい少年期から、凛々しい青年期に成長してみせたんでしたね。

 そうなると、大きくなればドラゾン君の言うような変化が起きてもおかしくない、か?

 そう思いつつマジュラス君に目をやると、細い肩をすくめてみせます。


「こればかりはやってみないとわからん。なあミケ兄様よ。とりあえず主にはその可能性も含めて我からお伝えする。それで今日のところはおさめてほしいのじゃ」


「のじゃ」


 マジュラス君が頭を下げると、それを真似したミドリ君もペコリと頭を下げました。

 危ない危ない。

 思わず可愛い! と叫ぶところでした。

 横を見ると、ドラゾン君も歯を食いしばっています。

 弟妹の可愛さを共有できる存在に感謝を。


「……弟と妹に頭を下げられては、是非もない。ゴリ丸兄、ドラゾン兄。大人気ない態度をとったことを謝罪する」


 弟妹に弱いのはミケ君も同じです。

 二人に頭を下げられたことで、私達に謝罪の言葉を告げました。

 

「いいんですよ。悔しい思いをしたことは理解できます。ただ、ミケ君の力が必要とされる時は必ず来る。その時に備えて、油断しないように……おや?」


 迸ったのは、励ましの言葉を切らざるを得ない魔力の波動。

 禍々しくも心地の良い、紛うことなき主の魔力が弟を包み込みました。

 どうやら、主がミケ君をお喚びのようです。


「おいおい。噂をすればってやつか? よかったじゃねえかミケ。盛大に拗ねた分、気合い入れていけよ!」


 ドラゾン君が檄を飛ばし、マジュラス君とミドリ君も手を振って見送ります。


「うん! 行ってくるぞ! 主の役に立ってくる!」

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