第768話 ざっくざく

 帰路は、ジナビアスとアルスヴェルの間にある国々に混乱を招かないよう召喚獣に乗ることをせず馬車での移動だ。

 そのため、相当の時間が掛かったものの、慌しかった往路では気付けなかった各国の特産品や名物料理を楽しむことができた。


【レックス様達が戻ってきたと知った時の各国の王様達の表情が忘れられません】


 ふふっ。

 みなさん満面の笑みで迎えてくれたからね。

 迷惑をかけないようこっそり通り過ぎようとしてたのに、どの国も王様自ら駆け付けて歓待してくれたのには不覚にも感動してしまった。

 諍いを経てわかりあえた僕達は、今後素晴らしい関係を築けることだろう。

 

【わからせた、の間違いでは?】


 言葉のニュアンスなんて小さいことさ。

 そんな寄り道をしつつ、ようやくアルスヴェル王国の最北の街に到着した僕達を迎えてくれたのは見知った顔。


「よく戻られた、ヘッセリンク伯!」


 国境沿いでアルスヴェルの兵隊さんが待機していたからなんだろうとは思ってたんだけど、誘導された先に待っていたのはリュンガー伯だった。


「なぜこんなところに?」


 勢いよくハグしてくるリュンガー伯を抱き返しながら問うと、ニヤリと笑ってみせる、


「北に放っていた手の者から、ヘッセリンク伯が北の各国を引き締めながら戻ってきていると連絡を受けてな。陛下からの指示を受けて迎えにあがったところだ」


 引き締める?

 はてさて、なんのことやら。

 

「それはそれは。知っているだろうが、ジナビアス王国を含む各国は、我々レプミア王国に降伏した。現在、カナリア公爵ロニー・カナリアと、アルテミトス侯爵ロベルト・アルテミトスが、蛮族方の盟主であるジナビアスと未来に向けての話をしているところだ」


 お話の内容については敢えて触れないが、わざわざジャンジャックを残したことを考えれば肉体言語も交えてのお話が展開されている可能性は拭えない。

 

「きっと、ジナビアスに楽しい未来など待っていないのだろうな」


「さて。私からはなんとも言えないな。なんといっても、戦後処理においては何の役にも立たないから先に帰っていいと言われるくらいだからな。はっはっは!」


 ひどくない?

 ねえ、ひどくない?

 そりゃあそういう交渉の場に立たされたら緊張と経験不足で城の形や色を変えたりするかもしれないけどさ。

 

「それこそ私にはなんとも言えないところだが……」


 自虐的に笑い声を上げた僕に、リュンガー伯が戸惑ったような歯切れの悪い反応をみせる。

 

「ほら、他所の貴族様困らせんなって兄貴」


 困らせるつもりなんかなかったんだけど、確かに関係も深まってない人間の自虐なんて取り扱い注意にも程があるか。

 話を変えよう。


「楽しい楽しくないに関わらず未来の話をするならば、今回の戦で北の諸国はだいぶ兵の数を減らしたはず。次に南への侵攻を企てたとしても、百年やそこらでは困難だろうな」


 軍事的な人口だけでいえば、そう簡単に復活できない打撃を与え、しかも、今回は百年前と違ってちゃんと話を詰められる人員が交渉にあたっている。

 ジナビアスは色んな意味で立ち直るには時間が必要だろうし、その間に良好な関係を築くことも不可能ではないはずだ。


「今回、我が主もレプミアの恐ろしさを思い知ったようでな。二度とこんなことに巻き込まれないよう、蛮族と呼ばれていたあの頃を思い出して北に睨みを利かせると仰っていた」


 元トップ蛮族が同胞の取り締まりに乗り出してくれるなんて心強い。

 ただ、アルスヴェルが蛮族と呼ばれていた頃を思い出しちゃうことには、一抹の不安を感じてしまう。


「その流れで、百年後に我が国に襲いかからないことを切に願っているよ」


「その時は、我が国が地図から消える時さ。陛下はこう仰った。文化的な国づくりを辞めるのではなく、蛮族の顔を忘れないようにするだけだと」


 文化と蛮族の両輪で国を運営するってこと?

 

「陛下に無理はしないよう伝えてほしい。我が国は、あなた方が良き隣人でいてくださるなら文化的でも蛮族でも構いはしない」


 文化的かつ敵対的な国より、友好的な蛮族のほうがいいお隣さんに決まってるからね。


「流石は文化的な国レプミアで狂人と呼ばれるヘッセリンク伯だな。その余裕。懐の広さ。私も、かくありたいものだ」


 リュンガー伯が、夢を追う少年のように瞳をキラキラと輝かせながらとんでもないことを宣う。

 

「かくありたいと言われても、申し訳ないがまったくお勧めできない。私の目下の目標は、子供に席を譲るまでに、家に付された狂人という二つ名を消し去ることだぞ?」


「そのわりには直近でジナビアスの王様殺しかけてるんだよなあ」


 新規狂人ポイントざっくざくだぜ!

 しかも!

 他国の王様へのダイレクトアタックでボーナスポイントも上乗せさ!

 ……ふう。


「メアリ。その話はもう終わりだ。いいな? 間違ってもレプミアに戻って各所で吹

聴したりするんじゃないぞ?」


 追加ポイントは望んでないんだ。

 いいか?

 押すな押すなの概念じゃないからな?


「俺が口噤んでも、おっさん達の口からあっという間に広まるだろ。狂人レックス・ヘッセリンク、蛮族の王を城の上から蹴り落とす! ってさ」


 終わった……。

 すまない、サクリ、マルディ。

 無力なお父様を許しておくれ。


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