第767話 似た者夫婦

 カナリア公とアルテミトス侯が戦後処理を進めるにあたり、その方面では何の役にも立たない僕は、一足先にアルスヴェルまで戻りジナビアスを攻略したことを報告するよう指示を受けた。

 ちなみに、一緒に戻る気満々だったジャンジャックは、カナリア公とサルヴァ子爵に捕まってジナビアスで働かされることが決まっている。

 

「しっかし、最後まで切り札も奥の手もなかったな」


 ジナビアスを発つ日の前日。

 晩御飯を食べていると、メアリがそんなことを呟く。


「いいじゃないか。むしろ、素手でゴリ丸と殴り合えるバリューカの悪魔殿のような厄介な相手がいるほうが困ってしまうだろう」


 いまだかつて、ゴリ丸と殴り合えた人間はアラド君ただ一人だ。

 他にも、癒しを使える水魔法使いのユリやその弟さんなど、今思えばバリューカは人材が豊富だったな。


「最後まで弱いままでいてくれたほうがいい、だったかな? 伯爵様が言ったとおりになったね。お陰で私がしたことといえば、王子様とお姫様を攫ったことくらいだよ」


 敵の城内を両脇に子供を抱えて走るのはなかなか骨が折れたと言いながらケラケラ笑うガブリエ。

 

「それを言ったら、私もメアリも王妃様を攫っただけよ?」


 クーデルが苦笑いを浮かべながら、珍しく白塗りしていない素顔の道化師に言う。

 人攫いをしただけ。

 果たして本当にそうだろうか。

 答えは否だ。


「お前達のなかで、戦場での素晴らしい働きはなかったことになっているのか? カナリア領軍の皆さんが褒めていたぞ? 皆若いのに優秀だと」


 メアリ、クーデル、ガブリエの暗殺者トリオは、戦場においてカナリア軍やアルテミトス侯爵領軍の猛者達と遜色ない活躍を見せ、大将首を取るなどの手柄を立ててくれていた。

 なので、人攫いしかしていないという自己評価は適当ではない。

 そう伝えると、メアリが納得いっていないという風に首を振る。


「高く評価してもらうには敵が弱過ぎた。下手したら、エリクスでも十分通用したかもしれねえくらいだったからな」


 チートアイテム製造者なうえに、最近色々鍛えているらしいエリクスが弱さを測る指標になるかと言われると素直に頷きかねるが、この場合は文官でもなんとかなるレベルだと言いたいわけだ。

 敵とはいえ流石にその評価は可哀想だと思っていると、エイミーちゃんが言う。


「結局、蛮族の最大の強みはその数だったということでしょう。実際、エスパール伯爵領に攻め込んできた兵の数は、数えるのも馬鹿らしくなるほどでしたから。あの大軍の前に、エスパール伯爵領軍が敗れていた可能性は否定できません。彼らの不幸はレックス様が間に合ってしまったこと。ただ、それだけです」


 瞳孔開き気味で、夫を敵の不幸の理由に認定する愛妻。

 それはそれとして、瞳孔が開いてるのに可愛いって、それはもう奇跡だと思うんだけどどうだろうか。


【試しに、奥様の可愛くない瞬間を挙げていただいても?】

 

 そんな瞬間、あるわけないじゃないか!

 二十四時間三百六十五日可愛さで溢れているに決まってるさ。

 

「その自慢の大軍も、ご夫婦とマジュラス君による空からの攻撃ですぐに壊滅した、と。ははっ。国境沿いの時点でほぼ終わってたのかもしれないね」


「まあ、僕も今回は大した仕事はしていないからな。カナリア公の下について戦場を眺めていただけの時間の多かったこと。召喚獣のみんなを喚ぶ機会すらなかった」


 ゴリ丸もドラゾンもミドリも移動がメインだったし、ミケなんて本当に出番なかったんじゃないか?

 これはあとで喚んであげないと拗ねてるかもしれない。


「大したことしてないって。いや、兄貴はジナビアスの王様の暗殺未遂やらかしたろ。十分大仕事だよ」


 誤解を招く表現はやめてくれるかな? 兄弟。

 何度も言うけど不幸な行き違いが重なった結果であって、暗殺してやるぜ! なんてことは微塵も思っていない。

 

「伯爵様が敵国の王を高所から蹴り落とされたと聞いた時には、流石は狂人レックス・ヘッセリンクだと感動してしまいました」


 クーデルの場合、これが皮肉じゃなく心からの称賛だから突っ込みづらい。

 奥さんズレてますよ? という趣旨の視線を旦那に送ってみたけど、おもしろいくらい目が合わないのがなんとも不思議だ。


「奥様はアルスヴェルの王様を蹴り倒し、伯爵様はジナビアスの王様を蹴り落とした。仲良しだね本当に」


 ガブリエ。

 道中で、もっと他に僕らの仲良しエピソードなかったかな?

 あったよね?

 

「どちらも不慮の事故さ。そうだろう? エイミー」


 エイミーちゃんは王様と知らずに蹴り倒し、僕は穴が空いてることを忘れて蹴り落とした。

 ほら、悲しい事故だ。

 僕の問いかけに、エイミーちゃんがにっこりと微笑みながら頷く。


「ええ、もちろんです。意図して他国の国王陛下に手を上げるだなんて。ヘッセリンク伯爵夫人ともあろう者がまさか」


「うわあ。今の表情。反省してねえ時の兄貴にそっくりだったぜエイミーの姉ちゃん。やめてくれよ。暴走するのは兄貴一人で十分だからな?」

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