第766話 一理ある(ない)

 『最北の悪夢』。

 主演、ロニー・カナリア。

 助演、ラッチ・サルヴァ、ジャンジャック、他カナリア軍の皆様でお送りしたその蹂躙劇は、幕が開くと同時に幕が降りたかと錯覚するほどの短時間で終了する。

 相手側に王様の安否不明という動揺があったとしても、ワンサイドゲームと呼ぶのも憚られるような戦闘だった。

 戻ってきたカナリア公も、あまりの手応えのなさに苦笑いするしかないといった様子だ。

 

「お疲れ様です、カナリア公。お一人で走り出した時には心臓が止まるかと思いました」


 若干の皮肉を込めて拍手で出迎える僕に向かい、カナリア公が大袈裟に肩をすくめてみせる。


「お主がそんな軟弱な心臓をしてくれておるなら、陛下も宰相もあれほど苦労しておらんじゃろ」


 すごい皮肉で返してくるじゃないですかやだー。

 しかし、負けてばかりもいられない。


「いやいや。総大将が裸一貫で突撃するのを目の当たりにすれば、どれだけ強い心臓をしていても驚くくらいはするでしょう」


 本当に驚いた。

 鼓舞するならするで部下達を振り返るくらいしてもいいのに、一瞬たりとも後ろを確認せずに走り出したんだから。

 まるで、ついてくるのが当然と信じて疑わないような動き。

 実際、古参の皆さんは誰一人遅れることなくカナリア公を追っていったんだから、おじ様達の絆の強さを感じざるを得ない。


「まあ、これがカナリア軍じゃ。儂の身体が動くうちは、こやつらの先頭を譲るつもりはない」


 そう言いながら笑うカナリア公についうっかり憧れてしまいそうになるが、長年背中を追わされ続けている直接の部下達の感じ方はどうも違うらしい。


「もうそろそろ衰えていただけませんかね?」


「まったくです。いつまでやんちゃしているつもりなのか。レックス様。このジジイは悪い見本でございます。参考にされるのはおやめください」


 側近二人の苦言に、周りのおじ様達もそうだそうだと声を上げる。

 その表情を見るに、サルヴァ子爵とおじ様達は半分冗談なんだろうけど、うちの爺やだけは本気で言ってるな。

 

「よおし。お主ら全員そこに並べ。久しぶりに拳骨を馳走してやる」


 そんな部下達に、カナリア公が額に青筋を立てながら拳を見せつけると、おじさま達が歓声を上げながら蜘蛛の子を散らしたように逃げ出した。

 それを見たサルヴァ子爵が声を上げて笑い、ジャンジャックも珍しく肩を揺らす。

 

「仕方のない奴らじゃ。悪いが、当面衰えてやるつもりはないわ」


「仲がよろしいのは十分伝わってきましたのでお戯れはその辺りで。それで、この後はどうなるのでしょうか」


 僕が問い掛けると、カナリア公がつまらなさそうにふんっと、鼻を鳴らした。


「どうなるもこうなるも。アルテミトスのに丸投げよ。向こうの王が回復次第交渉開始じゃ。つまらん戦いばかりさせられた腹いせに、せいぜいむしり取ってやるわ」


「……王? 回復?」


 おやおや。

 おかしなワードが聞こえましたね。

 その王様というのはあれですか?

 もしかして、壁に空いた穴から落ちたりしました?


「なんじゃ? ああ、そうか。ジナビアスの王なら生きておったぞ。ほれ、お主が空けた穴の下に植え込みがあるじゃろ? あれが上手い具合に衝撃を分散させたらしいわい」


 城壁に空けた穴の真下。

 そこに目を向けると、確かに植え込みがある。

 あるにはあるが、どれもこれも精々一メートル程の植木しかない。


「いや、あの高さから落ちてあの程度の植え込みでは無理でしょう!?」


 クッションにもなりゃしないよ!?

 僕の抗議に、うるさいのうと眉を顰めるカナリア公。

 代わりに、サルヴァ子爵が僕を宥めるように言う。


「もちろん身体強化魔法を使ったうえで、ですな。それでもまあ、ぎりぎり生きていたというところですが」


 サルヴァ子爵が仰るなら間違いないか。

 よかった!

 王様生きてた!

 危うく王様殺しの悪名を背負うところだったが、ギリギリセーフだ。

 他国で賞金首になることを回避してホッと胸を撫で下ろす僕に、アルテミトス侯がサムズアップしてみせる。


「おめでとうヘッセリンク伯。見事百年振りに、ヘッセリンクの恐怖をジナビアスに刻み込んだわけだ」

 

 何がどうめでたいのか説明していただきたい。 

 恐怖を刻んだ! めでたい!

 ほら、前後の関係がどう考えてもおかしいでしょうに。

 

「大人しく慎ましく生きていこうと心に決めるたび、それを嘲笑うかのように騒動が起きるのですが。なんとかならないでしょうか」


 狂人からの脱却を目指した途端騒動に巻き込まれる確率、ほぼ100%ですよ。 

 これが、ヘッセリンクの血のなせる業というやつだろうか。

 

「なんとかなるかはわからんが、いっそのこと、大人しく慎ましく生きようなどと考えなければいいのではないか?」


 それは、まさに逆転の発想。

 大人しく慎ましく生きようと決意して騒動が起きるなら、そんな決意をしなければいい。

 あるがままに生きることで、騒動を騒動と思わない。

 そんな生き方。


「……一理ある。ヘッセリンクの血に従って生きれば、もしかして騒動に巻き込まれない……?」


【一理ありませんのでとりあえず目を覚ましてください】


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る