第765話 百鬼夜行
不幸な事故とはいえ、他国の王様をまあまあの高さから蹴り落としてしまったことに対する内心の焦りを悟られないよう、落ち着いて、かつ大急ぎで城の外に出る。
もちろん城内にも城外にもジナビアスの皆さんがたくさん屯していたが、エイミーちゃんに赤くて熱い絨毯を敷いてもらうことで道を空けていただく。
「お、戻ってきた。もう首取ってきたわけ? って、なんだよそのボロ切れ」
ようやくレプミアの本陣に到着すると、帰ってきた僕達に気付いたメアリが目を丸くする。
「首は取ってきていないが、不幸な事故のせいでジナビアス王の生死は今のところ不明だ。服は、先程まで着ていたものを紛失してやむを得ず、な」
僕の端的かつ正確な報告に、顔を返り血で汚したメアリが首を傾げながら言う。
マッチョになっても仕草が可愛いわねえ。
「何言ってるか一つもわからねえけどまあいいや。こっちは文句なく優勢だったんだけど、城側の敵が急に引いていったから今は小休憩ってとこ」
ああ、それで城近くの兵士の密度が高かったのか。
敵が引いた理由?
ははっ。
「詳しくは伏せるが、ジナビアス側はおそらく当面動かないはずだ。今のうちに身体を休めるべきだろう」
僕が確信を持ってそう断言すると、アルテミトス侯やジャンジャックと話をしていたカナリア公がニヤニヤしながら近づいてきた。
「このイタズラ坊主め。一体何を仕掛けた? そう断言するからには何かやらかしてきたんじゃろう?」
とうに三十を超えてイタズラ坊主呼ばわりなんて普段なら不満に思うところだけど、今だけは甘んじて受け入れようと思う。
「あれをイタズラと呼んでいただけるなら、望外の幸せです」
そう告げると、カナリア公が一瞬で笑みを消し、僕の肩を掴む。
そして、耳元で一言。
「……一体何をやらかしおった?」
おかしい。
殊勝な態度をとったつもりだったのに、カナリア公にこんな顔をさせる結果になるなんて。
こうなっては逃げることは困難だ。
総大将の握力で肩が破壊される前に、素直に事実を報告する。
「繰り返しになりますが、不幸な事故により、あそこからジナビアス王が落下してしまいまして」
いやあ、困っちゃいますよね!
まさに神様のイタズラ。
もし神様に出会う機会があれば、イタズラは良くないぞ! と叱りたいくらいです。
「あそこって、あの穴? いや、それは流石に」
明るいテンションの僕とは対照的に、メアリは城壁に空いた穴を指差して顔を歪め、カナリア公は僕の肩を掴んだ手とは反対の手で顔を覆いながらため息を吐く。
「ある程度暴れてくるじゃろうとは思っておったが、まさか他国の王をあの高さから投げ落として帰ってくるとはのう。これは、毒蜘蛛超えか?」
毒蜘蛛超えなんていう不名誉にも程がある評価に一瞬言葉を失ってしまったけど、たとえ相手が尊敬するカナリア公だろうと違うことは違うと言わなければいけないだろう。
「誤解しないでいただきたい! 投げ落としたのではなく、蹴り落としたのです!」
【美しいまでの自白】
まさか、謀られた!?
「投げ落とそうが蹴り落とそうが構わんが、それを不幸な事故と念押しするところは、流石ヘッセリンクの血といったところか」
くっ、静まれヘッセリンクの血よ。
まだ、お前の出る幕ではない!
【出ずっぱりですけどね】
そうですね。
しかし、ドロップキックまでは間違いなく自分の意思でやったことだけど、その後のことは不可抗力だと主張したい。
「蹴り飛ばした方向に偶然穴が空いていたのです。仕方ないでしょう」
「仕方ないで済むかどうかあちらさんに聞いてみたいもんだがね。ああ、それでそんなボロ切れ着てるのか」
メアリが僕のファッションの理由を察したらしく、ぽんっと手を叩く。
僕の素の身体能力で蛮族の王様を蹴り飛ばすことなんて不可能なので、カナリアフォームを使ったことに思い至ったらしい。
「身体強化まで使って蹴り飛ばしのなら、十分に殺意が認められるというものじゃ。プラティ先輩も喜ぶじゃろうて」
孫が十分な殺意を持って他所の王様を高所から蹴り落としたのを喜ぶ祖父。
あまりにも修羅の家過ぎるけど、僕の報告を聞いて手を叩いと笑うお祖父ちゃんが容易に想像できるから反論はしないでおこう。
「まあいいわい。理由はともかく、向こうの王はすぐに動ける状態にはないというわけじゃ」
カナリア公が城の周りで騒ついているジナビアス軍を眺めながら言うので、頷いておく。
「よほどの化け物でもなければ、そうだと思います。なので、多少休憩する時間くらいは取れ」
「カナリア領軍! 突撃じゃ! 狂人殿のイタズラで敵は混乱しておる! 今こそ勝機。手柄を立てたい者は、儂に続けえ!!」
僕の言葉を遮り、後ろを振り返ることなく絶叫したカナリア公が、そのままたった一人で敵に向かって駆け出した。
「カナリア公!?」
総大将のまさかの単騎駆けを目の当たりにして慌てる僕。
しかし、まるでそうなることがわかっていたようにサルヴァ子爵やジャンジャック、さらにはカナリア軍のおじ様達がその背中を追って走り出す。
「いくぞお前達! 大将に遅れるなよ!!」
「老人だけを働かせてぽっくり逝かれてはたまらない! いいか! 絶対にジジイに遅れるな!!」
【これこそがカナリア公の二つ名、『百鬼夜行』の元になった光景です】
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