第764話 ノーマルスキル

 レプミア式身体強化術、カナリアフォーム。

 召喚士がこれを使う必要はないということでこれまでお披露目する機会がなかったが、ついにこの日がやってきた。

 召喚獣のみんなを呼んだ方が手っ取り早いことはもちろんわかっている。

 わかっているけど、百年前のひいおじいちゃんはきっと、その身体一つで暴れたはず。

 なら、ジダ・ヘッセリンクのひ孫として、僕もそれを踏襲した方がよりヘッセリンクへの理解を深めていただけると判断しての、敢えての上裸モードだ。

 

「敵の前でこの姿になったのは、今回が初めてだ」


 肩を回したりしながら唇を吊り上げてやると、嫌な気配でも感じたのか、王様が若干後ずさる。

 怖いだろう?

 侵入者が突然上裸になったら。


【奥様が顔を両手で隠すふりをして指の隙間から覗かれております。お気をつけて】


 きゃっ。

 

「貴様、ふざけているのか? こけおどしにしても阿呆すぎるわ!」


 そんな怒声を上げる王様。

 ふざけている?

 こけおどし?

 とんでもない!


「この姿は、我がレプミアにおいて最も暴力に長けた集団が用いる戦闘態勢だ。嘘だと思うなら、その穴から外を見てみるがいい」


 ドラゾンが空けた城壁の穴を示してやると、王様がこちらから視線を外すことなく移動し、油断なく地上に視線を走らせる。

 暫しの沈黙。


「……控えめに言って、地獄絵図ではないか」


 でしょうね。

 地上では、既にレプミア軍対ジナビアス軍が衝突している。

 つまり、相当数の兵がカナリアフォームに変身済みであり、鈍色の鎧を相手に多くの肌色が躍動しているのが見てとれたはずだ。

 

「その地獄に片足を踏み入れていることに気づいていただきたいものだな」


 唖然としている王様にそう声をかけると、ハッとしたようにこちらに向き直り剣を構えてみせる。

 流石は蛮族王。

 地上の地獄を目の当たりにしたというのに気合いは十分だ。


「ジナビアス王よ。悪いことは言わない。降伏してはどうだろうか。百年前はヘッセリンクだけだったが、今回はそれを上回る凶暴な貴族家が複数出張ってきている。下手をすれば、地図から消えるが冗談では済まなくなるぞ?」


 おそらく、百年前にそうならなかったのは、攻め込んだヘッセリンクが二人して興味を失ったかめんどくさくなったか。

 どちらかが原因だろう。

 ただ、今回は違う。

 普段は気のいいお酒が大好きなおじ様達だけど、この段になったら冗談は通じない。

 ごめんなさいが早ければ早いほど傷は浅くて済むが、遅ければ遅いほど地図と歴史から消し去られる可能性が高まっていく。

 そう思っての心からのアドバイスだったんだけど、王様は顔を真っ赤にして唾を飛ばす。


「黙れ! レプミアの犬めが! 勝った気でいるようだがとんでもないことだ! いいか、よく聞け。下には我が国の誇る四大貴族を配置しておる。下で暴れておるふざけた軍勢など、モノの数ではないわ!」


 ふざけているのは見た目だけで、中身はほぼ魔獣と変わりませんけどね、と教えてあげたいが、逆上されてもよろしくない。

 王様を落ちつかせるべく、努めて穏やかに声を掛ける。


「お言葉を返すようだが、その四大貴族とやらも百年前にたった二人に手も足も出なかったのでは? それを考えれば、陛下の仰りようは無理筋だと思うが」


【世にも珍しい、レックス様の正論パンチ!】


 普段は正論で殴られっぱなしだが、そんな僕からの正論パンチを受けた王様の顔色が赤を通り越してどす黒くなっているところを見ると、宥めることには失敗してしまったようだ。

 くっ、未熟者め!

 帰ったらラスブラン侯あたりに怒った相手の宥め方を尋ねてみるか。


「まあ、いい。降伏していただけないのなら、国はともかく貴方自身はここで終わりだ。なぜなら、国を滅ぼす寸前まで暴れたあのヘッセリンクと、一対一で向かい合っているのだから」


 百年前、国対二人でも勝てなかったのに、一対一で勝てますか? 

 

「しゃらくさい! このルーチ・ジナビアス。レプミアの犬如きに恐れを抱くほど臆病ではない! 死ね! ヘッセリンクよ! 貴様の首、父祖の墓前に捧げてやるわ!」


「いいでしょう。少し痛いですよ? 歯を食いしばりなさい」


 怒りとともに突進してくる王様。

 僕もそれに合わせて前に、出たりはしない。


「風魔法、ウインドアロー」


「ぐおっ!?」


 突進してくる王様の足元をウインドアローで狙撃すると、まさかこんな格好の男が魔法を使うとは思っていなかったらしく、その動きを止める。

 彼我の距離は十分。

 喰らえ!

 これが、ヘッセリンク式ドロップキックだ!!


【スキルレアリティ、ノーマル】


 身体強化により強化された脚力で普段より高く飛んだ僕の両足の裏が、王様の顔面を捉える。

 吹き飛ぶ王様。

 その先には、僕が空けた壁の穴が。

 ……勝負は、ついた。

 

「お見事でした、レックス様」


 色んな意味で心臓バックバクなまま振り返ると、両手で顔を覆ったままのエイミーちゃんが立っていた。

 近くでその顔を覗き込むと、真っ赤になっているのがわかる。


「あの、レックス様! その、お願いがございます! 服を、着てくださいませんか? その、レックス様のお身体を、恥ずかしくて直視できません!」


 可愛い。

 いや、そうじゃなくて、どうしようか。


【証拠隠滅の機会を逸し続けたぼろきれと大差ない服でよろしければすぐにお出しできますが?】


 まあ、裸よりましか。

 とりあえず二人で縛っておいて、王様の安否を確認しに行こう。

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