第763話 弾け飛ぶ
ドラゾンに乗って兵士の皆さんの頭上を飛び越え、城壁を突き破って城内に侵入すると、男性二人組が出迎えてくれた。
一人は、ぱっと見ただけで上等だとわかる服を身につけた、貫禄のある壮年男性。
もう一人は、明らかに堅気じゃない空気を纏った、顔の大きな傷が特徴のスキンヘッド。
国の偉い人とその護衛といったところか。
王様に会わせてほしいとお願いする僕に応えることなく、二人して険しい顔で睨みつけてくる。
「聞こえなかったかな? レプミアからこちらの国王陛下に会いにやってきたのだが。もしかしてご不在だろうか?」
留守なら下の戦闘が終わった頃にもう一度来ますけど? と伝えると、スキンヘッドの男が杖を構えながら言う。
「城の壁を突き破って来るような乱暴な使者を陛下のもとに案内する人間はいないと思いますが?」
「なるほど、一理ある。ただ、平時ならともかく今は有事だ。正面玄関を叩いて訪問している余裕がなくてな」
やむを得ず城壁を破ったが、反省も後悔もしていない。
なぜなら他所の国のお城だから。
「我々を蛮族と呼ぶレプミアの使者がそのような蛮族染みた行動をとるとは。驚きです」
「その文化的な国にあって、残念ながら私の家は代々狂人と呼ばれているんだ。もしかすると聞いたことがあるかな? ヘッセリンクというのだが」
「っ! ヘッセリンクだと!?」
ヘッセリンクを名乗った瞬間二人の顔に浮かんだ感情は、シンプルに憎悪だろうか。
あー、これはうちのひいおじいちゃん達を完全に知ってますね。
北の地で、我が家のことを知っている人に巡り会うことができた喜びを噛み締めつつ声を掛ける。
「おお! ご存知なら話が早い。百年程前になるか。私の曽祖父とその父親がこちらを滅ぼす寸前まで追い込んだんだとか。その節はご不便をかけたようで申し訳ない」
僕が軽く頭を下げると、男達の顔がどす黒く変色したような気がした。
怒ってる?
ねえ、怒ってるの?
「とりあえず、先程もお願いしたとおり国王陛下のもとに案内してくれないだろうか。話はそれからだ。いや、助かった。上手くいけば今回もあなた方の国を地図上から消さずに済むだろう」
「舐めおって!!」
僕の言葉がよほど気に入らなかったのだろう。
上等な服を着た方の男が絶叫すると、それを合図にスキンヘッドが杖で殴りかかってきた。
「舐めているのはどちらかしら?」
相対するのはエイミーちゃん。
挑発するような言葉を投げ掛けつつ前に出ると、振り下ろされる杖をヒラリヒラリと躱しながら懐への侵入を終える。
そうなったら男にできることはもうない。
硬く握り込まれた拳が脇腹にめり込み、痛みでくの字に折り曲がって下がった頭部に蹴りが飛んだ。
スキンヘッドに全幅の信頼を置いていたんだろう。
残された男が、床に倒れて動かないスキンヘッドを信じられないという顔で見ている。
「すまないな。最近私の可愛い妻がどうも好戦的なんだ。それもこれも貴殿らが百年前にいいところなく壊滅的大敗を記録したにもかかわらず、たった百年ぽっちで身の程も弁えず再び我が国に侵攻などしてきたことが原因だと思っているが、どうだろうか」
そんな僕の問いかけに応えることなく、男がこちらを睨み付けてくる。
「そんな顔で睨んでも無駄だぞ? なんといっても、私は国でもっと顔の怖い方々から睨まれた経験が複数回あるからな」
【恥ずかしいエピソードです。披露のタイミングにお気をつけて】
ドヤ顔失礼しました。
「南の悪魔、ヘッセリンク。言い伝えでは、悪魔の方が良心を有しているとか。まさか、再びこの地にやってくるとは」
良心というステータスが悪魔以下だなんて、流石にこれは聞き捨てならない。
「悪魔以下の良心なんて、ないも同然だろう。少なくとも、私は百年前にこちらにお邪魔した曽祖父達よりも良心的であり、善人だと自負している。先祖のことを悪く言うのは一向に構わないが、私のことを悪く言うのはやめてもらおうか!」
【これにはご先祖様方も不満顔】
だって実際に良心って何? みたいな人ばかりだよ地下のおじさん達。
「……いいだろう。国王に会いたいのだったな。私が当代ジナビアス国王、ルーチ・ジナビアスだ! ヘッセリンクよ! 貴様らの前に散った父祖の恨みを思いしれ!」
なんと王様だったらしい男が、鞘から剣を抜き放って切先をこちらに向けてくる。
自称でなければ、この男がトップ蛮族の指導者なわけだ。
弱いわけがない。
覇気も殺気も十二分。
「レックス様」
その殺気にあてられたのか、エイミーちゃんが再び前に出ようするが、ここは任せてもらおう。
「あれが本当に国王なら、僕が相手をする。エイミーはそちらの大男を頼む。くれぐれも、怪我などしないように」
倒れたままだけど、いつ復活するかわからないからね。
もし立ち上がってきたらもう一度叩き伏せておいてください。
「余所見などしている場合か!! 殺ったぞ、ヘッセリンク!!」
王様が、血走った目で斬りかかってくる。
一国の王様だと考えれば、十分以上の速さと力強さで、これまで顔を合わせた他国の王様達とは比べるのも失礼なレベルだ。
が、しかし。
残念ながらそれ以上の感想はない。
「ヘッセリンクを、舐めるなよ!」
咆哮とともに、パァンッ! という音を残して派手に弾け飛ぶ。
何が?
僕の上衣が。
僕の魔力の高まりに危険を感じたのか、王様が大きく間合いを外れるように後退する。
「……なんだ、それは」
レプミア式身体強化術、カナリアフォーム。
僕がこの姿になったからには、この戦いはこれで終わりだ。
蛮族の長よ、安らかに眠れ。
【格好つけているところ申し訳ございませんが、オーレナング帰還後、アリスからの雷は免れないことをお知らせいたします】
…
……
………
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