第762話 相性

 ジナビアス王国。

 それが、アルスヴェルの王様から聞いた今回の騒動の主導者らしい。

 元々は蛮族ランキングでアルスヴェルに並ぶ程の腕力自慢だったらしく、アルスヴェルが脱蛮族を掲げ出してからは、堂々のトップ蛮族の座に就いているんだとか。

 そしてこのジナビアスは、我がヘッセリンクと因縁があるそうで。

 カナリア公曰く、百年前の戦で最後まで抵抗したのが北の最果てに位置するジナビアスだったらしく、その結果、『聖者』と『毒蜘蛛』のヘッセリンク親子に滅亡寸前まで追い込まれた歴史があるとのこと。

 ひいおじいちゃんはわかる。

 あの人、手加減とか知らなそうだし。

 でも、その親父さんは聖者なんていうヘッセリンクにあるまじき二つ名なんだよね。

 地下で会った時の印象としては、『穏やかなプラティ・ヘッセリンク』、だろうか。

 皮肉とか企んでるとかの気配が一切なく、純度100%の優しさでできているようなおじ様だ。

 聖者の息子がなぜあんなに歪んでしまったのだろうか。

 そうカナリア公に告げると、ちょっと見ないくらいに顔を歪めてみせる。

 

「百年前、ジナビアスを滅亡寸前にまで追い込んだのは聖者だと聞いておる。むしろお主の曽祖父はお目付役としてやり過ぎを止める役割を当時の陛下から仰せつかっていたらしいぞ?」


 あのひいおじいちゃんにブレーキ役を任せた当時の王様を正座させて小一時間問い詰めたい気分だけど、それをする必要があるくらい、あの優しそうなおじ様はヤバかったらしい。

 歴史書……は駄目だ。

 他のご先祖様同様魔獣を相手にしたアクションファンタジーだから参考にならない。

 帰ったら直接ひいおじいちゃんに聞いてみよう。


 アルスヴェルからジナビアスまでの間にも複数の国があり、都度それぞれの国軍であろう皆さんが行く手を遮ってきたが、さる国の王様から一騎打ちを申し込まれた際、カナリア公から指名されたアルテミトス侯が圧巻のラリアットを叩き込んで一発KOしたこと以外に特筆すべきことはなかった。

 

 そんな長かった旅も、ようやく最終目的地を迎える。

 雪のちらつく最北の地、ジナビアス。

 流石に激しい抵抗があるかという予想に反して、国境沿いにも、中央に繋がる街道沿いにも兵の姿が全く見えなかったが、先行させたメアリの報告で理由がわかった。

 全戦力を、都に集結させているらしい。

 

「こんな場所で待ち構えて、もし負けたらどうするつもりなんでしょうね」


 呆れていることを隠し切れず呟くと、カナリア公が同じく呆れたような表情でゆっくりと首を振る。


「負けることなど考えておらんのじゃろ。まあ、ここまでの蛮族側の戦績を見てもなおそう考えているのなら、度し難い阿呆じゃと思うが」


 もしかして、連戦連敗かつ、そのどれもが壊滅的大敗という状況を知らないのだろうか。

 カナリア公と揃って深いため息を吐くと、僕達を宥めるようにサルヴァ子爵が笑う。


「まあいいではないですか。ちまちまぶつかってこられるより、ここで決着を付けるほうが手間がない。大将。先鋒は、もちろん我らジャンジャック隊に任せていただけるのでしょうな?」


 笑みを浮かべたまま瞳をぎらつかせるサルヴァ子爵。

 そんな副官の様子に苦笑いを浮かべたカナリア公が、そのお腹をポンっと叩く。


「おうおう若ぶりおって。まるで昔のお主を見ておるようじゃ。あの頃と違うのは、腹が出てしまっておることか」


 初めてお会いした時と比べればだいぶシュッとされたと思うけどね。

 あの若干お腹が出ているところがサルヴァ子爵のチャームポイントです。


「冗談はさておき、ラッチの言うとおり手間がないのはいいことじゃ。先鋒をジャンジャック隊に任せる。好きなように切り崩してみせよ」


 カナリア公の指示を受けたジャンジャックが、特に気負った様子もなく敵軍に視線を向ける。


「食い潰しても構わないのでしょう?」


 切り崩すだけじゃ足りないよ、と。

 どうだい?

 うちの爺やはカッコいいだろう?


【きゃー! ジャンジャック星墜としてー!】

 

 そのファンサはNGです。


「ジャン坊の好きにして構わんが、様子を見て儂ら本隊も出張る。アルテミトスのは待機。ないとは思うが、新手の乱入に備えること。よいな?」


「承りました。では、高みの見物と参りましょう」

 

 出番はないと判断したのか、アルテミトス侯がリラックスした様子で頷く。

 まあ、僕の出番もまだ後みたいだからジャンジャック達に声援でも送りますか。

 メアリ笑って! とか書いた団扇でも作ろうかな。


「それと、ヘッセリンクの」


 なんて馬鹿なことを考えていたら急に名前を呼ばれて心臓が跳ねる。

 内心の動揺を隠しつつカナリア公に視線を向けると、遠くに見えるこの国一番の建物を指差した。


「お主は奥方を連れて城に遊びに行ってこい」


 WHY?

 頭の上にハテナマークを浮かべる僕に、カナリア公が意地の悪い笑顔をみせる。


「どうも、他国の王とお主は相性が良いらしいからのう。お主を当てれば面白いことが起きるかもしれんと思ってな。一人じゃ寂しいじゃろうから、奥方の帯同を許す」


 いやいや。

 他国の王様との相性なんて最悪にきまってるでしょう?

 それに、何が待ち受けているかわからない一番の危険地帯にエイミーちゃんを連れていくだなんてとんでもない!


「委細承知いたしました。夫とともに、ジナビアス王に仕置きを施して参ります。さ、行きましょうレックス様」


 OKマイプリティワイフ。

 おいでドラゾン。

 最北の王様と、相性診断だ。


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