第761話 side蛮族 ※主人公視点外

 一本の蝋燭に火が灯っているだけの部屋で、私は、幼い頃から同じ夢を追いかける友と酒を酌み交わしている。

 見た目はどう考えても大酒飲みなくせに、実は酒に弱い友が、ちびちびと酒を舐めながら言う。


「レプミアがこちらに向かってきているそうだね。同輩達は、連戦連敗だとか」


 レプミア、か。

 我らが仇敵であり、その名を口にするだけでもはらわたが煮えくり返るのを感じる。

 我々北方諸国は、悲願である南方への進出に向けてレプミアへの侵攻を開始していた。

 兵の数も質も、百年前に敗れた時を上回るものを用意して臨んでいる。

 にも関わらず、憎きレプミアは、粛々と北に歩を進めているらしい。


「予想していたよりもだいぶ早いことは否めない。こうなってくると、レプミアを恐れて戦いもせず道を譲る軟弱者が出ていることを疑ってしまう」


 そうであれば許し難いことだが、杯を割らんばかりの私の様子を見た友が、宥めるように笑う。


「まさか。裏切り者には死を。それが我々の掟だよ。まあ、腑抜けたアルスヴェルは忘れているらしいけどね」


 アルスヴェル?

 ああ、過去には我らの盟主だったくせに、レプミアのようになりたいだなんだと馬鹿な夢を見ている負け犬共のことか。

 夢を見るのは勝手だが、現実はどうだ。

 王族にまで裏切り者を抱え、抵抗することもできず我らの軍門に降ったそうではないか。

 情けない。


「腑抜けの話などするな虫酸が走る。レプミア進出が成れば、アルスヴェルなどこの地上から消え失せる運命よ」


「ふっ。君のアルスヴェル嫌いは最早病だね。まあ、同胞を捨て、レプミアに擦り寄った負け犬の話に時間を割く必要がないということには同意しよう」


 この友は語り口こそ穏やかだが、我が国に並ぶ者なしと謳われる剛の者。

 その友が彼の国に良い印象を抱いていないことは、私にとって非常に心強いことだ。


「それで? 怨敵レプミアが近づいてきている。これからどう動くのかな?」


「動かない、が正解だろう」


 グビッと何杯目になるかわからない酒を呷り、いまだに一杯目を半分以上残している友に言う。


「北に向かう道中にはまだまだお仲間が控えているからな。勝てないまでも、敵の数を減らす手助けくらいはしてくれるはずだ。ならば、我らは仲間達の活躍を期待しつつ、こちらで待ち構えようじゃないか」

 

 私の案を聞いた友が皮肉げに表情を歪める。


「捨て駒だとはっきり言えばいいだろう? そういうところだぞ、君のよくないところは」


「おいおい、酷いな。私はそんなことは一切考えていないさ。今は散り散りになっているが、元々は一つの家族だ。それを捨て駒だなんて、まさかまさか」


 レプミアの愚か者共を打ち滅ぼしたら、戦の功績に応じて褒美を与えるつもりでいるからな。

 そのために、各国の軍には手の者を紛れ込ませている。

 もちろん、確認させているのは功績だけでないのだがね。


「人のことは言えないが、君はいい死に方はしないだろうね」


「今から死ぬ時のことなど考える馬鹿がどこにいるというのか。レプミアを獲る。今考えるべきはそれだけだ」


 それこそが、百年前に散っていった父祖 の魂を慰める、唯一の方法。

 絶対に、私の治世のうちにレプミアを打ち滅ぼす。

 それが、私の人生だ。

 

「違いない。しかし百年。レプミアからやってきたたった二人に父祖が蹂躙されてから百年だ。ようやく復讐の機会が訪れた。今の私達なら、百年前の悪魔が相手でも、負けはしないだろう」


 国一番の猛者が、手元に置いた杖を撫でながら笑う。

 優しさしか感じとれないこの笑みで、数えるのも馬鹿らしくなるほどの敵を屠ってきた男だ。

 これから、この友と対峙することになるレプミアの愚か者どもに、同情を禁じ得ない。


「くれぐれも油断はしてくれるなよ?」


 私が冗談めかしてそう言うと、友が可笑しそうに大きく肩を揺らし、やめておけばいいのに苦手な酒を一息に飲み干してみせる。


「油断など誰がすると思う? 父祖の悲願。南への進出を果たすまで、気を緩めることなどないさ」


 勇ましいことを言っているのに一瞬で顔が赤くなってしまっているのがどうも締まらないところだが、まあいい。

 近いうちにレプミアがやってくる。

 友の言うとおり、南の悪魔ヘッセリンクが相手だろうと、今の戦力なら負けはしない。

 王である私、右腕である友、そして国の四方を守る一騎当千の上級貴族の当主達。

 さらには彼等が率いる精強な兵。

 その全てを既にこの都に集結させているからには、死角など存在ない。

 早く来い、レプミアの愚か者共よ。

 お前達を葬り、私が、このジナビアス王国国王、ルーチが、世界の王となる。


 そう心の中で強く誓った時だった。

 轟音が響き、城が大きく揺れる。

 杖を握り外に駆け出した友を追い部屋を出ると、城壁に空いた大きな穴から人影が二つ侵入してくるところだった。

 

「何者だ!! ここがジナビアス王城と知っての狼藉か!!」


 友が杖を掲げながら威圧するように誰何すると、侵入者は顔色一つ変えず、いや、むしろほっとしたような笑みを浮かべながら言う。


「ああ、よかった。どうやらここが目的地であっていたようだな。約束もなく押し掛けて申し訳ないが、レプミアからこちらの陛下を尋ねてきたのだ。案内をお願いできるかな?」

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