第760話 根に持つ
いやあ、驚いた。
まさか、足手まとい発言に腹を立てた若い武官さんが飛び掛かってくるなんて。
アルスヴェルの皆さんが誰一人止める暇もなかった動きは、やむを得ずヘッドバットで迎撃するしか選択肢がなかったくらい素晴らしかった。
【弾け飛んだ若いアルスヴェル兵に、黙祷】
黙祷を捧げるんじゃないよまだ生きてるから。
魔獣相手に鍛えた頭突きがカウンター気味に入ってその場で膝から崩れ落ちてはいたけど、大丈夫。
【インパクトの瞬間身体強化魔法も使いましたね? 見逃していませんよ?】
危うく上衣がパージするところでした。
いや、真面目な話。
顔に傷のあるスキンヘッドの大男が突っ込んできたら防衛本能が働くってものさ。
突然の若者の暴走と制圧劇に王様もリュンガー伯も大慌てで頭を下げてくれたけど、僕も直前で言葉のチョイスを誤り失礼ぶっこいたばかりだ。
落とし所として、一連の流れはなかったことにするということで決着した。
そんなことよりも、個人的に納得いかなかったのは頭突きを放った直後にカナリア公とアルテミトス侯に取り押さえられたことです。
追撃なんか小指の先ほども考えてないっていうのに、まるで僕がどうしようもない暴れん坊みたいじゃないか。
会談を終えて戻った控えの間でおじ様達にそう抗議すると、二人して呆れたような顔をみせる。
「性格の歪んだ先祖達に毒され過ぎじゃろう。少しは手加減せんか馬鹿者め」
バリバリの腕力自慢相手にひょろひょろの召喚士が手加減なんてしてたら不幸な事故が起きますよ?
そもそも、こんなことになったのも元はと言えば二人のせいだ。
「お言葉ですが。私はお二人の本心を代弁したに過ぎません。というか、なぜ私を前に押し出したのですか。交渉はアルテミトス侯のお役目では?」
アルテミトス侯にそう噛み付いてみたところ、小揺るぎもせずに隣に立つ爺様を指差す。
「もちろんカナリア公の悪戯だ。それ以上でもそれ以下でもない」
他に質問は? と言わんばかりの態度をみせるアルテミトス侯に、ここで怯んではいけないと勇気を振り絞って再び牙を剥いていく。
「いつものおふざけで他国の王から不興を買っては割に合わないのですが」
先程よりも深く牙を突き立てたつもりで反応を伺う僕。
しかし、百戦錬磨のおじ様達の前では狂人の牙も子猫の牙と大差ないらしい。
「なーに。心配いらんじゃろ。お主はアルスヴェルの枷となっていた人質を救い出した恩人じゃからのう。あの程度の不敬なら笑って許されるわい」
ドンマイ、とばかりに豪快に背中を叩いてくるカナリア公。
アルテミトス侯も、その発言を支持するように深く頷いている。
まだだ。
まだ終わらん。
せめて一太刀!
「お二人が梯子を外した手際の良さ。絶対に忘れませんからね?」
そんな恨み節全開の僕が余程可笑しかったのか、カナリア公がソファーに沈み込みながら肩を揺らす。
「賭けてもいいが、お主なら寝て起きたら忘れておるじゃろ。なんといってもヘッセリンクじゃからなあ」
「そうですか? 祖父はだいぶ根に持つ……というか、とことんまで追い込む性格だと思いますが」
グランマを国から追い出したジャルティク貴族達に降りかかった喜……悲劇を考えるに、ヘッセリンク=根に持たないという式は成り立たないように思う。
「お主の祖父のやりように陰湿さはないじゃろ? 明るく元気にカラッと追い詰めるのがプラティ・ヘッセリンクじゃ」
グランパオタクが何か言ってらあ。
「明るかろうが元気だろうが、追い詰められる側はたまったものではないでしょう。祖父に標的にされた南の噂はもちろんご存知ですよね?」
「そういう意味では、ヘッセリンク伯の曽祖父殿とそのお父上は、この北を標的にしたのだったな」
なにげないアルテミトス侯の言葉。
うん、それも不思議だったんだよ。
リュンガー伯も王様も、ヘッセリンクの名前になんの反応もしないのはなぜだろうか。
聖者殿のことはそこまで詳しく知らないけど、少なくともひいお祖父ちゃんの猛毒は、百年やそこらで忘れられるほど弱くはないはずだ。
そんな疑問を投げ掛けると、カナリア公が苦い顔で頷いた。
「確かにな。学生時代、毒蜘蛛様をたまに学院で見かけたが、あの炎狂いを身体一つで制圧する姿を目の当たりにして震えが止まらなかったもんじゃ。ヘッセリンクの名を聞いて知らないふりをしているなら多少評価を上げてやらねばならぬが……さて」
なんでひいお祖父ちゃんを学校で見かけたのかとか、なんでそこでグランパが制圧されてたのかとか。
疑問は尽きないが、横道に逸れるしなんせあの毒蜘蛛様のことだ。
ろくなエピソードではない可能性が高いのでスルーすると、アルテミトス侯が僕達に向かって肩をすくめて見せた。
「考えても仕方ありますまい。毒蜘蛛を知っていようが知っていまいが、やることは変わりありません。それにどう転んでも今回の戦で、新たなヘッセリンクの名が北に刻み込まれるのですから」
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