第759話 足手まとい
元々優勢だったアルスヴェル側は、リュンガー伯爵家の加勢を得たことでさらに勢いづき、そう時間を掛けることなく敵勢力を一掃してみせた。
流石は元トップ蛮族。
搦め手なしの純粋な殴り合いなら今の時代でもきっちり勝ち切れるくらいには実力差があるらしい。
静観していた僕達が城に近づいた時にはアルスヴェル側が若干ピリついたけど、ここはリュンガー伯のとりなしで事なきを得た。
いや、本当に気をつけてほしい。
おかしな挙動を見せると、こちらの血気盛んなおじ様達が、『戦闘で疲弊したアルスヴェルを切り崩す』なんて選択をしてもおかしくないんだから。
その後、先方が落ち着いたタイミングで王様との会談に臨むことになったんだけど、こちらのメンバーはカナリア公、アルテミトス侯と、なぜか若輩の僕。
経験の面でも貫禄の面でもサルヴァ子爵の方がいいんじゃないかとだいぶ抵抗したんだけど聞き入れられず、半ば強制的に半壊した城の玄関を潜らされた。
まあ、交渉はアルテミトス侯のお仕事だから頭数要員として黙ってやり過ごそうなんて考えながら謁見の間に足を踏み入れた瞬間。
それまでカナリア公とアルテミトス候が前衛、僕が後衛という陣形だったのに、自然な動きで前衛と後衛が入れ替わっていた。
つまり、先方から見たら交渉役は先頭に立つ僕ということになるわけだ。
おじ様方、絶対打ち合わせしてましたよね?
そう尋ねたくても、視線の先にはアルスヴェルの王様がいて、じっとこちらを見ているので振り返ることもままならない。
すごい見てくるじゃないですかやだー。
横に立つリュンガー伯が何か耳打ちをすると、浅く頷いた王様が僕から視線を外すことなく口を開いた。
「其方が人攫い殿か」
YES。
I'm 人攫い。
……流石に軽過ぎるか。
一応おじ様達の前でもあるし、お義父さん仕込みの礼をとっておく。
「レックス・ヘッセリンク。レプミア王国で伯爵を務める傍ら、頼まれれば人攫いなども行っております。以後、お見知り置きを」
軽めのジョークなどを交えた僕の挨拶に感銘を受けたのか、王様が天を仰ぐ。
「身内の裏切りに遭い、妻子を人質に取られ、目の前を古い思想に囚われた馬鹿どもが通るのを指を咥えて見ているしかなかった時に、あの襲撃だ」
天井を見上げたまま肘置きをがっちりと掴む王様。
相当力を入れているのか、肘置きがみしみしと音を立てている。
「義弟から話を聞かなければ、都周辺の敵を掃討した後、其方らが走り去ったという南に軍を差し向けるつもりだった」
ようやくこちらに視線を戻したかと思うと、ギラついた瞳でこちらを睨みつけてくる。
支配者のこんな眼力に曝されれば、普通なら畏れ入るところだろう。
だが、残念ながら僕には通用しない。
自慢じゃないが、レプミアに始まり、ブルヘージュ、バリューカ、ジャルティクと、これまで四つの国の王様に睨まれた経験がある。
今更それが一カ国増えたところでなんだというのか。
なので、こういう時の正しい回答は、こうだ。
「そうなっていたら、どこかで我々とぶつかっていたかもしれませんな。ようございました。些細な行き違いで良き隣人を失うのは、我々にとって大きな損失というものです」
ぶつかってたら擦り潰してましたよ、と。
【正しい回答。但し、ヘッセリンク基準とする】
しばしの睨み合い。
おじ様達が止めないところをみると、このくらいのラインなら許容範囲らしい。
重苦しい雰囲気が漂うなか、王様が深々と溜め息をついた。
「失礼。其方が妻と子を救い出してくれたお陰で、何の憂いもなく賊を始末することができた。礼を言う。このとおりだ」
そう言って頭を下げる王様。
レプミアで王様が貴族に頭を下げたら周りが止めに入るけど、アルスヴェル側の家来衆に動きはない。
蛮族基準では、たとえ王様でも感謝を伝えるために頭を下げるのはセーフなようだ。
他国の王様に頭を下げられちゃあこちらも引くしかないな。
「頭を下げていただく必要はございません。女性一人と子供二人を攫うだけの、簡単な仕事でございました」
とは言ったものの、思い出してみてほしい。
実はあの時、僕はほとんど何もしていない。
人質を解放したのは暗殺者組だし、交渉はジャンジャックに任せたし、王様を蹴り倒したのはエイミーちゃんだ。
だけど、そんな説明ができる雰囲気じゃないので、全部僕がやりました、みたいな顔で応じる。
「若いとはいえ、肝の太さは流石レプミア貴族か」
ドヤ顔が奏功したのか、感心したように呟く王様。
しかし、ここでなぜか身内が刺しに来た。
「陛下。その男はレプミアでも異端。我々のような心ある貴族と一緒にしてもらっては困りますなあ」
シャラップ、すけべジジイ。
「さて、冗談はこれくらいにしておこう。貴国への謝罪は改めてさせてもらうとして、貴殿らはこれからどうするつもりだ」
「主の命に従い、さらに北へ」
蛮族の皆さんにお仕置きを。
その指示に従うなら、北へ進む以外の選択肢はない。
僕の言葉を受けて、王様が立ち上がる。
「なるほど。では、我が国も兵を出そう。足並みを揃え、愚か者どもに現実を思い知らせてやろうではないか」
やる気満々の王様。
かたや、背中に感じるおじ様達のテンションは低いままだ。
どうも、乗り気じゃないらしい。
「兵を出されることを妨げることはいたしませんが、足並みを揃えることは致しかねます」
二人の無言の意向を汲んでそう告げると、意外そうに目を丸くする王様。
「ほう。それはなぜ?」
アルスヴェル軍と足並みを揃えることに難色を示すのはなぜか。
今回の一件で、アルスヴェルに足を踏み入れてから今日までの、おじ様達のこの国と蛮族への評価を考えれば答えは自然と見えてくるというものだ。
正直言いづらいけど、単刀直入に二人の思いを代弁しよう。
「忌憚のない意見を述べさせていただくなら、足手まといにございます」
愕然としたような表情の王様。
申し訳ない。
ただ、我が国の偉い人の意向なんです。
そうですよね?
同意を求めるために後ろを振り向くと、なぜかおじ様二人が揃って引いていた。
「ヘッセリンク伯。そこはもう少し言葉を選ぶ場面では?」
「行き違いがあり敵対していたとはいえ、他国の王に向かって足手まといだからついてくるなとは……流石の儂も驚かざるを得んな」
ハシゴを外す手際が鮮やかすぎませんかねえ?
【前々から思っていたのですが、他国での不敬はノーカウントと思っていらっしゃいますか?】
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