第758話 指示事項
アルスヴェルの都へと軍を進めると、遠目からでもわかるほどの激しい戦闘が行われていた。
戦場は、都の中心に建つアルスヴェル城周辺。
斥候さんからの情報では、王様率いるアルスヴェル軍と蛮族軍が、連日衝突を繰り返しているらしい。
「ふむ。これは、ヘッセリンク伯爵家の人攫いがいい方向に作用したか?」
アルテミトス侯が顎をさすりながらニヤリと笑う。
王妃様を人質に取られて動けなかったのはリュンガー伯だけじゃなかった。
それを証明するように、お城の方から出撃してきた新たな一団を見たリュンガー伯が声を上げる。
「陛下だ! 陛下御自ら出陣されているぞ! こうしてはいられない。リュンガー伯爵領軍に告ぐ! これより我々は、過去に囚われ、いまだに腕力があればなんとでもなると勘違いしている愚か者共を駆逐する! 志あるものは私に続け!」
それだけ言い残すと、後ろを振り返りもせず馬に乗って駆け出すリュンガー伯。
これで誰もついていかなかったら気まずいなあなんて考える僕を尻目に、領軍の皆さんが歓声を上げながら一斉に走り出す。
よかったよかった。
「大将。ここからどうするつもりですか?」
リュンガー伯を止めることなく見送ったカナリア公に、サルヴァ子爵が声をかける。
「当面静観じゃ。アルスヴェルが勝てばそれでよし。蛮族共が勝ったとしても疲弊し切ったところを切り崩す。まあ、一番楽なのは共倒れじゃな」
つまり、レプミア側からすればどう転んでも問題ないよ、と。
一番労力がかかるのは蛮族方が勝った時だけど、終わった瞬間なだれ込めば真正面からぶつかるよりも遥かに楽に終わらせることができる。
そんなカナリア侯の指示に若干顔を顰めたのはアルテミトス侯。
「個人的には交渉相手がいた方が楽ですので、アルスヴェルに頑張ってもらいたいところですな」
今回の遠征軍に文官は帯同しておらず、混じりっけなしのオール武闘派で構成されている。
では、敵勢力との間で想定される種々の交渉を誰が行うのかというと、文武両道系貴族であるアルテミトス侯の出番だ。
蛮族方が勝っても両者共倒れでも交渉相手が不在になってしまうので、交渉役を担うアルテミトス侯としてはアルスヴェルを応援しようということらしい。
「ヘッセリンクの。お主はどうじゃ。リュンガー伯とは歳も近いし、随分仲良くしておったみたいじゃが」
「宣言どおり王妃様とお子様方を攫ってきたことで信頼を得られたらしく懐かれただけです。とは言うものの、リュンガー伯のために危険を冒して人攫いまで働いたのですから、精々頑張っていただかなければ。まあ? もしアルスヴェル側が劣勢に追い込まれれば加勢くらいはするつもりでおりますが」
【ツンデレかな?】
か、簡単に負けてもらったら困るんだからね!
「なるほどのう。では、多数決の結果、この場においてはアルスヴェルを応援することにしようか。ジャン坊よ」
隊を率いる時以外は僕の護衛についてくれているジャンジャックが、カナリア公からの突然の声かけに眉間に皺を寄せつつ視線を向ける。
総大将はそんな元部下の嫌そうな表情を見て愉快そうに笑うと、戦場を指差した。
「西の一角が拮抗しておるように見える。適当に大きめのやつをぶち込んで動きやすくしてやれ」
「全滅させることも可能ですが?」
へい爺や。
落ち着いて。
複雑な印を結ぶのを今すぐやめるんだ。
「阿呆め。全滅させてどうする。儂らの方針はアルスヴェル支援じゃ。ほれ。四の五の言わず得意の土魔法でばーん! とやってやらんか」
ばーん! と言いながら気安げにジャンジャックの背中を叩くカナリア公。
もちろんジャンジャックは最高に苦い顔だけど、それでも何か言うことはなく、指示された付近に大きめの岩を落としてみせた。
「よしよし。とりあえずこれで負けはないじゃろ。もしここからひっくり返されるようなことがあれば、お隣さんとしてはちと心許ないのう」
カナリア公の呟きに、サルヴァ子爵がわざとらしく肩をすくめる。
「大将。西はともかく東も南も心から友と呼べる存在ではないでしょう」
「かっかっか! そう考えるとろくな国に囲まれておらんな我が国は」
戦場だというのに腹を抱えて笑うカナリア公。
ただ、僕のような若い世代は笑ってばかりもいられないわけで。
「笑いごとではないでしょう。子供達の世代でまたぞろ暴れられては困ってしまいます」
アルスヴェルだけじゃなく、ブルヘージュやジャルティクとも仲良くできるならぜひ仲良くさせてほしい。
サクリやマルディが戦に駆り出されることがないように。
「そうじゃな。ヘッセリンクのの言うとおりじゃ」
僕の思いを聞いたカナリア公が深く頷く。
好戦的ですけべなお爺さんだけど、平和を思う気持ちは同じなようだ。
頼もしく感じた僕が頷き返すと、カナリア公がニヤリと笑う。
「じゃから、今回北の諸君にはレプミアがどんな国かを、きっちり思い出してもらおうというわけじゃ。なんせ、たった百年ぽっちで恐怖を忘れてしまったらしいからのう」
そう言ったカナリア公が笑みを消すと、アルテミトス侯とサルヴァ子爵が揃って背筋を伸ばした。
もちろん、僕も例外ではない。
「いいかお主ら。今回、二度と馬鹿な野望を抱くことのないよう未来永劫忘れられぬ恐怖を北に刻み込む。一切手加減無用。それでも蛮族共が夢から醒めぬと判断すれば、ことごとく地図上から消すこととする。それが、陛下のご意向じゃ」
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