第757話 不経済

 その後も蛮族方の小勢と数回衝突したものの、カナリア公率いる本隊はおろか、アルテミトス侯爵領軍の出番すらないほどの活躍をみせるジャンジャック隊。

 この日も、敵の集団を見つけた途端カナリア公の許可も取らずにジャンジャックが走り出すと、サルヴァ子爵も止めるどころかそれを追走。

 なし崩し的にジャンジャック隊全員が敵集団に襲い掛かると、あっという間に平らげてみせ、ほとんど被害もなく帰陣してきた。

 笑顔を返り血で染めたその姿は、さながら修羅の群れだ。


 そんな修羅の群れの一員であるメアリがお腹が空いたと言うので、コマンドから干し肉を出してもらい手渡すと、その場でどっかりと座り込みモグモグと固い干し肉を咀嚼し始める。

 筋肉の分男臭さが増したとはいえ、まだまだ十分可愛いメアリの食事シーンを眺めていると、同じく修羅の群れ所属のクーデルが夫の姿を無言でじっと見つめていることに気づいた。


「なんだよクーデル。なんか付いてるか?」


 メアリも愛妻の視線が気になったらしく、干し肉を咥えたまま首を傾げる。


「いいえ。蛮族の返り血と土埃以外はなにも」


「じゃあなんでそんなジロジロ見てんの? やめろよ仕事中に」


 居心地が悪そうに眉間に皺を寄せるメアリ。


「そうじゃなあ。レプミアに家族を置いてきておる人間も多い。乳繰り合うのは人目のない場所でお願いしたいもんじゃ」


 二人のやりとりを聞いていたらしいカナリア公がわざとらしい顰めっ面で言う。


「人目のねえとこでもそんなことするわけねえだろ仕事中だぜ? 敵が弱えからって総大将が率先して緩むのはやめてもらっていいですかねえ?」


 不敬過ぎるメアリの発言に、生意気な小僧め! と言いつつ楽しそうに髪をわしゃわしゃと撫で回すカナリア公。

 戦場とは思えない平和な光景だったが、メアリを見つめるクーデルの目に真剣な光が灯っていたのを、僕は見逃さない。


「どうしたクーデル。戦場のメアリの動きに違和感でもあったか? 僕のような素人の目から見たら、普段と何ら変わりないように感じられたが」


 クーデルはプロの暗殺者であると当時に、メアリに関する有識者の一人でもある。

 そんなクーデルが戦闘後のメアリをあんな目で見つめているのだから、僕にはわからない何かがあったのかと思い尋ねると、ゆっくりと首を横に振った。


「いえ。メアリの動きに違和感などはありません。できることをできるだけ。普段どおりの愛する夫の動きです」


 ふむ。

 動きに違和感はない。

 それじゃあ他になにかあったか、と聞く前に、クーデルがメアリに尋ねた。


「メアリは、カナリア公爵様のもとで修行したのよね? あちらの皆さんと一緒に」


 あちらの皆さんとはもちろん先程まで上裸状態で戦場を駆け巡っていたおじ様達のことだ。

 現在は予備の服を支給されて最低限文化的な格好に戻っている。


「ああ、そうだな。そこのお偉い公爵様にボッコボコにされたのが懐かしいけど、それがどうしたんだよ」

 

「つまり、メアリもやろうと思えばカナリア公爵領軍の皆さんと同じようなことが可能、ということよね?」


 ああ、これはいけませんね。

 僕からはクーデルの背中しか見えないが、メアリの怯えたような表情を見るに、久しぶりにトリップしてしまっているらしい。


「……おい」


 愛妻を現世に戻すべく動こうとするメアリだったが、事情をよく理解していないカナリア公がよろしくない情報を与えてしまう。


「そりゃあ可能じゃろ。実際あの時も何度か服をダメにしておったからな」


 確かにそうなんだけど、腹を空かせた猛獣の前にそんな美味しそうな餌を投げ込むなんて、どうかしてるぜカナリア公。

 案の定、クーデルが前のめりでメアリに畳み掛けていく。


「メアリ。ここは戦場よ? 本気を出さないなんて、いけないことだわ」


 言ってることは正論なんだけど、意訳すると、『上裸軍に仲間入りするメアリが見たい』だからなあ。

 メアリも、その正論に含まれた違法な成分を正しく感じ取ったらしく、クーデルの顔面にアイアンクローを仕掛けながら押し返す。


「何言ってんの? なあ、まじで何言ってんの!?」


「皆さんが上衣を弾き飛ばすほどの全力を出して事に当たっているというのにメアリは服を着たままだなんて。妻として、手を抜く夫に苦言を呈さざるを得ないわね」


 アイアンクローをくらいながらも一切淀みなくスラスラとそう言ってのけるクーデルに、凄みを感じざるを得ません。


「視線はまっすぐなのに焦点合ってねえとかどうなってんだよ。この面子の前でよく言えたなそれ。おい、エイミーの姉ちゃん。まさかレックス様も……? じゃねえんだよ」


 メアリの言葉を受けてエイミーちゃんに視線を向けると、気まずそうに目を逸らされた。

 まあ、愛妻の願いなら上裸軍入りもやぶさかではないとだけ言っておこう。


「クーデル。実際僕もメアリもやろうと思えばカナリア式戦闘態勢に移行は可能だが、いかんせん不経済だからおいそれとやるわけにはいかないのさ」


「接敵のたびに脱いでるおっさん達が普通じゃねえんだよ。何度見てもおかしいだろ、あの服しか積んでない荷馬車。食いもん積んでこいっての」


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