第756話 帰陣
レプミアは、指揮官であるはずのジャンジャックが常時先頭に立ってその化け物じみた戦闘力を見せつけつつ、その脇をメアリとクーデルの若死神夫婦が固めるという、ヘッセリンクトリオをメインキャストとして蛮族の皆さんを打ち倒していった。
連携という面では、長年一緒に仕事をしている同僚であり、ある意味の師匠と弟子のような関係だ。
死角などあるはずもなく、蛮族さん方は、三人に近づいたそばから例外なく地面に倒れ伏していく。
メインキャスト以外に目を移してみよう。
ジャンジャックに代わって後方から指揮を取りつつ、危険な場所があれば誰よりも早く駆けつけてその芽をことごとく摘んでみせたサルヴァ子爵や、年齢や理屈を超えたレプミアの誇る文化的蛮族こと上裸軍のおじ様達が終始敵を圧倒。
終わってみれば、完勝以外の言葉が当てはまらないほどの戦績を手に帰陣してきた。
そんなジャンジャック隊を迎えるレプミア側はもちろんお祭り騒ぎだ。
「お見事。流石だな、ジャンジャック。素晴らしい働きだった」
指揮官ってなんだろうと思わざるを得ないほど戦場を縦横無尽に駆け回っていたにも関わらず、返り血を浴びている以外は戦闘開始前と全く変わらない様子で帰ってきたジャンジャックにそう声をかけると、大したことではないとばかりに首を横に振ってみせる。
「いえいえ。どこまで行っても寄せ集めの集団でございます。爺めが若い頃であれば、これほどお待たせすることなどなかったでしょう」
三家からの選抜だから寄せ集めには違いないけど、一人一人の質が高ければそれは選りすぐりというのではないだろうか。
カナリア公も、クールな対応のジャンジャックの肩を労うようにバシバシと叩く。
「謙遜するではないかジャン坊。寄せ集めの集団でこの戦果であれば十分じゃろうに。逃げ出した蛮族共は、今頃恐怖で震えておるわ」
鏖殺将軍か。
うん、あれは確かに怖い。
いや、爺やが戦場に立つのを見るのは初めてではないんだけど、軍人ジャンジャックの姿はこれまでとは違う迫力と凄みを放っていた。
味方から見ても怖いんだから、敵ならどれだけの恐怖を感じたのだろう。
「戦果を挙げることができたのは、敵があまりにも弱かったからに過ぎません。大半がジジイで構成された軍にあれだけ見るべきところもなく追い散らされるとは」
カナリア公からの称賛にも面白くなさそうな顔で吐き捨てるジャンジャック。
ああ、やっぱり弱かったのか。
「確かに理解に苦しむのう。お主はどうみる? ヘッセリンクの」
どう見ると言われても、僕の基準では敵が弱いことは歓迎すべきことであって、間違っても嘆くことではない。
なので、答えはこうだ。
「このまま最後まで弱いままでいてくれることを心から願っています」
混じりっけなしの本音だったんだけど、それを聞いたカナリア公が眉間に皺を寄せる。
「真面目に答えんか」
解せぬ。
100%本気だったんだけどなあ。
まあ、より真面目に答えるとするなら。
「先程アルテミトス侯とも似たようなことを話しましたが、相手が弱ければこのまま擦り潰せばよし。もし先方に何か策があるなら都度対応する。現状それ以外に打つ手はないように思います」
このように、臨機応変万歳! ということになる。
「なんじゃつまらん。意外な程まともな答えが返ってきたもんじゃ」
真面目に答えろと言われたからそうしたのにひどい言われようだ。
まともじゃない答え。
つまりヘッセリンク風をご所望ということですね?
「ふむ。ではご期待に応えてヘッセリンクらしさ重視で」
そう前置きをしたあと、芝居がかった動きで大きく両腕を広げつつ、意識して唇を吊り上げて笑ってみせる。
そう。
お手本はプラティ・ヘッセリンクだ。
「敵の強弱など関係ありませんね。ああ、ご希望であれば、私が先行して城という城を解体して参りますが?」
個人的にはかなりグランパに似ていた手応えがあったんだけど。
そう思ってカナリア公に視線を向けると、今日一番の最高に嫌そうな顔を見せてくれた。
「その口調、笑い方。お主の祖父にそっくりじゃ」
よし、決まった!
なんなら、カナリア公だけじゃなくアルテミトス侯もこれ以上ないくらいの苦い顔をしているので相当似ていたようだ。
「いいか? ヘッセリンクの。くれぐれも言うておくが、絶対に一人で攻め込んだりするでないぞ?」
気を取りなおすように一つ咳払いをしたカナリア公がそんなことを言う。
一人で攻め込んではいけない。
了解。
「それならば、カナリア公と二人で攻め込むというのはいかがですか? なかなか刺激的な旅になると思いますが」
カナリア公と行く、ぶらり北の国。
どうだろうか。
「面白そうじゃが、奥方が怖い顔で見ておるからのう。あんな目で睨まれたら寿命が縮むわ。今回のところは、お主と二人は遠慮しておこうか」
あ、大丈夫ですよカナリア公。
うちの愛妻のあの顔はヤキモチとか寂しいとかではなく、自分も蛮族さん達と一戦交えたいのにずるい! という感情から来ているので。
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