第755話 雑談(戦闘中)

 ジャンジャックが二日酔いに倒れた翌日。

 僕達レプミア勢とリュンガー伯爵領軍は、粛々と北への進軍を開始した。

 先頭はジャンジャック率いるカナリア、アルテミトス、ヘッセリンクの混成軍。

 メアリとクーデルを含む少数の若手以外は、鏖殺将軍時代のジャンジャックを知るメンタルとフィジカルの両面に秀でたおじ様方で構成されている。

 リュンガー伯は自分達が先頭にと訴えたが、都までは目立たない方がいいということで渋々ではあるが最後尾に控えてくれている。


 リュンガー伯爵領を出て数日後。

 態勢を整えて再び南下してきていたらしい蛮族軍とかち合った。

 すると、行軍中は僕の呼びかけにすら最低限の反応しか返さなかったジャンジャックが、何かのスイッチが入ったように大声を上げる。


「私の指揮下にいながら、老人に遅れをとるような軟弱者はいないでしょうね!? 後ろのクソジジイが前に出てくる前に、私達で蛮族共を食い千切りますよ!! 私に続きなさい!! 土魔法、ロックキャノン!!」


 後ろを振り返ることもせずジャンジャックが放ったのは、アルスヴェル城の玄関をノックするのに使ったロックキャノン。

 巨大な岩石が威勢よく声を上げながら突進してきていた蛮族方の先頭集団を弾き飛ばすと、鏖殺将軍を先頭に、それぞれ上着を弾き飛ばしてバトルフォームに変身したおじ様達が殺到する。


「若者達よ! 言っておくがここで命を落とそうが貴様らの骨は拾ってなどやらんからな! 貴様らに許されているのは、手柄を挙げて戻ってくることだけだと心得よ!!」


 指揮官が鉄砲玉ムーブを決めたものの、そこはレプミアNo.1の副官であるサルヴァ子爵。

 戦場中に響き渡るような大声で出遅れた若者達を鼓舞してみせる。

 

「凄い声ですね。ジャンジャックも、サルヴァ子爵も」


 これだけの声と音が響く戦場で、きっちり味方の耳に届く声だ。

 きっと声量だけではない、特殊な要素がそれを支えているんだろう。

 僕の呟きを拾ったらしいアルテミトス侯も浅く頷く。


「そう言われると、声の小さい将など見たことないな。やはり、声で鼓舞するのは大切だということだろう」


「アルテミトス侯もよく通る声をされていますからね。叱られるたびに身がすくむ思いです」


 アルテミトス侯の雷、まじこえーっす。

 

「ヘッセリンク伯にはぜひ叱られないように振る舞っていただきたいものだが、さて。それにしても敵が弱過ぎるな」


「ジャンジャックとサルヴァ子爵が率いる我が軍が強過ぎるのでは?」


 敵が弱過ぎるのではなく、味方が強過ぎる。

 これが真実なら、こんなに頼もしいことはない。


「もちろんジャンジャック将軍とサルヴァ子爵はレプミア有数の猛者だ。ちらほら見える上半身裸の親父共も数多の戦場で生き残ってきた男達だから当然弱くはない。そこに組み込まれてなお見劣りしない活躍を見せる元闇蛇達も称賛されて然るべきだろう」


 ジャンジャック、サルヴァ子爵、上裸軍のおじ様方、うちの若夫婦。

 改めて見ても死角はなさそうだが、アルテミトス侯は納得いかないとばかりに首を振る。


「それらを考慮しても蛮族どもが弱過ぎる。見るべきものは数だけ。一体、それ以外の何を頼みに我が国への侵攻を決めた?」


 何を頼みにって、数を頼みにしていたのでは?

 僕の考えを察したのか、アルテミトス侯が苦笑いを浮かべなら言う。


「それならそれでいいのだ。このまま北上しながら擦り潰していくだけだからな。ただ、この数だけの雑兵達が何かの仕込みであるなら」


 目を細めながら戦場を見渡すアルテミトス侯。


「まだまだ油断はできないということですね。まあ、もとより油断などするわけもないのですが」

  

「ほう。ヘッセリンク伯の実績なら、多少調子に乗って一度くらい痛い目に遭っても罰は当たらないと思うが?」


 油断。

 調子に乗る。

 ふっ、懐かしい言葉の響きだ。


「調子に乗った結果、オーレナングの地下で嫌というほど痛い目に遭っていますからね。あの域に達してもいないのに調子に乗るなどとんでもない」


【調子に乗った結果、炎の雨や槍の雨、拳の雨に見舞われた日々】


 どの雨も水属性じゃない件。


「……痛い目に遭うが例えにとどまらないところがヘッセリンクの恐ろしさではあるな。うちの愚息もヘッセリンク伯の半分、いや、三分の一でも成長してくれればいいのだが」


 ガストン君か。

 いや、十分成長しているでしょう。

 今の彼を、バカ殿と侮る人間はいない。


「何を仰いますやら。ガストン殿の成長を考えれば、今回帯同していないのが不思議なほどです」


 護国卿を慕う若手貴族の集いの仲間であるダイゼ君の窮地を救うためでもあるので、アルテミトス侯と一緒に来ていると思ってたんだけど、お留守番らしい。

 僕の疑問に、アルテミトス侯が戦場を見つめたまま応える。


「現状、どうしても腕力に偏っているのでな。課題を与えたのだ。私が不在の間、評判が底にある自領を過不足なく運営しておくようにと」


 つまり、後継者育成ね。

 腕力は十分。

 領地運営の経験も積ませたいと、そういうわけだ。


「ガストン殿のことです。立派に領地運営をこなしてくれることでしょう。いや、今の彼なら、アルテミトス侯が領地にお戻りになるのを待たず、既に領を掌握しているやもしれません」


「それならそれで歓迎すべきことだ。喜んで愚息に跡を譲ろうではないか」

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