第754話 打ち合わせ

 翌朝。

 カナリア公の部屋に呼ばれたのは僕とエイミーちゃん。

 メアリとクーデルはカナリア・アルテミトス連合軍の朝訓練に参加していて不在のため、護衛にはガブリエがついてくれている。

 部屋に入ると、不機嫌そうなカナリア公と、いつもどおりいい人そうなサルヴァ子爵が待っていた。

 カナリア公が不機嫌そうな理由。

 それは、ジャンジャックにある。


「まったく。いい歳して二日酔いとは情けない」


 いや、僕も驚いた。

 いつもなら朝から一分の隙も見せない爺やが、飲み過ぎて起き上がれないっていうじゃないですか。

 様子を見に行ったメアリが言うには、以前ヘッセリンク伯爵家の男衆を全滅寸前に追い込んだ、猛火酒『板挟み』に手を出したらしい。

 確かに全滅寸前記念として一人一本配ったのは僕だけど、こんなとこまで持ってこなくてもいいだろうに。


【レックス様には言われたくないと思います】


 僕はプレゼント用にストックしてるだけだから。


【緑の葉っぱと『板挟み』。嫌がらせセットですね】


 否定はしない。


「まあまあ。たまにはいいじゃないですか大将。ジャンの奴も久しぶりの指揮官復帰で緊張していたのでしょう」


 仏頂面のカナリア公を宥めるように声をかけるサルヴァ子爵。

 相変わらずぱっと見は穏やかだけど、その正体はカナリア公の右腕でジャンジャックの親友という厳つい肩書きを持つおじ様だ。


「あれがそんなタマじゃないことくらいお主も知っておるじゃろうが。……まあいい。おらんものは仕方ない。ヘッセリンクの。昨日伝えたとおりジャン坊には儂のところの一隊を与える」


 昨日同意済みのつもりだったんだけど、総大将としての正式な通達ということらしい。

 

「承知しております。私は皆さんがいらっしゃった時点でお役御免です。せいぜい後方で高みの見物を決め込ませていただきます」


 僕の仕事は下準備まで。

 あとは、カナリア公とアルテミトス侯という怖いおじ様方が腕を振るうのを見ているだけの簡単なお仕事だ。

 と思っていたんだけど、カナリア公がそんな僕に肩をすくめてみせる。


「見物じゃと? なーにを馬鹿なことを。儂とお主が先頭で突っ込むに決まっておるじゃろうが」


「私が召喚士なことをお忘れですか?」


 こちとら紙装甲も紙装甲の純魔法使いだ。

 上裸で剣やら槍を跳ね返す公爵様と一緒に出撃なんてしたら、大変なことになるのが目に見えている。

 そう抗議すると、隣に座るエイミーちゃんがそっと僕の手に触れながら言う。


「ご心配なく。レックス様に代わり私が公爵様とともに先頭に立たせていただきます。レックス様は後方でドンと構えていてくださいませ」


 慈愛に満ちた表情で頼もしすぎる発言を繰り出す愛妻。

 これ以上惚れ直す余地なんかないと思っていたのに、異国の地で惚れ直すなんて。

 夫婦ってわからないものだね。

 

「そうだ。ジャンジャックの隊にはメアリとクーデルを入れていただけますか? 軍の指揮を執る鏖殺将軍の姿を、間近で見せてやりたいので」


 そう申し入れると、頷いてくれたのはサルヴァ子爵。


「いいでしょう。まあ、ジャンの奴が前に出た場合指揮は私が行うことになりますが、それでもよろしければ」


 この発言に、カナリア公が眉間に皺を寄せつつ首を傾げる。


「おい、ラッチ。なぜお主がジャン坊の隊にいる前提なんじゃ」


「昨晩ジャンの奴から指名されましたからな。そうでなくとも、奴を補佐できる人間は私以外いないでしょう?」


 そう胸を張るサルヴァ子爵の顔に満面の笑みが浮かんでいるのは、親友であるジャンジャックと久しぶりに仕事ができるのが嬉しいからなんだろう。

 可愛いなラッチおじさん。


「さてはお主。儂の副官であることを忘れておるな?」


 そんなサルヴァ子爵の様子に深々とため息をつくカナリア公だったけど、副官さんも譲る気はないらしく、なぜか僕に視線を向けてきた。


「いい機会です。大将の補佐をヘッセリンク伯にお任せしてみては? 何事も経験。ヘッセリンク伯。見事その偏屈な年寄りを乗りこなしてみせてくだされ」


 はい決定! じゃないんですよ。

 ど素人に、こんな百戦錬磨の千人斬りの補佐なんか務まるわけないでしょうが。

 まったく、言ってやってくださいよカナリア公。


「なるほどそれはいいのう。儂は接敵と同時に飛び出すから指揮はお主に全て任せようか」


 とんでもないことを言い出す偏屈ジジイ。

 くっ!

 これだからうちのお祖父ちゃん達が可愛がってた後輩は。

 

「荷が重すぎますよ。そんなものを任されるくらいなら、召喚士の職を投げ捨てて妻と共に軍の先頭を駆けたほうが気が楽です」


 なんなら、僕も上衣パージしてやってもいいんだぜ?

 そんな覚悟を察したのか、カナリア公が冗談じゃと前置きしたうえで言う。


「ま、お主みたいな変わり者には自由を与えた方が成果が上がるじゃろうしな」


 誰が変わり者だ!


【レックス様ですが?】


 ジーザス。

 

「よし、それでは儂とラッチでジャンの下に付ける人間を選ぶとするかのう。ヘッセリンクの。ジャンの奴に出発は明日の朝じゃと伝えておけ。くれぐれも言っておくが、明日はお主が二日酔いで動けんなどということのないようにな」


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