第753話 史上最高 ※主人公視点外

 大将がジャンの奴に一隊を貸し与えると聞いた時、正気か? と思うと同時に、それならば私が補佐しなければなるまいと、ウキウキしたのもまた事実だ。

 あとで話を聞いたら、昔一緒に戦場に立ったことのある人間は多かれ少なかれ同じことを考えたらしい。

 若い頃にジャンと戦場を駆け巡った思い出が甦り、心なしか肉体も若返った気がした。

 まあ、気がしただけで無理をしたら腰をやってしまいそうなのが悲しいところだが。


「隊の構想は決まったのか?」


 夜。

 酒でも飲もうとジャンを部屋に呼びそう尋ねると、面白くなさそうな顔をして首を横に振る。


「構想も何も。適当な一隊を借り受けるだけです。敵地で再編なんかしている余裕はないでしょう?」


 なるほど仰るとおり。

 だが、既存の隊ではジャンの指揮に耐えられる人間とそうでない人間が混ざっているからな。

 鏖殺将軍の指揮下で萎縮せずに仕事ができる人間を集めて一隊を作る必要があるだろう。


「ここは今や友軍の領地だからな。まったく、ヘッセリンク伯様々だ。一当てすることもなく降参された時の大将の顔をお前にも見せてやりたかった」


 気合いを入れろ! ヘッセリンクに遅れをとるな! と叫びながらアルテミトス侯と先頭きって突っ込んだにも関わらず、当主自ら降参を申し出て来たのだからな。

 あまりの渋面に部下一同笑いを堪えるのに必死だった。


「それは惜しいことをしました。まあ、もし好きに引き抜いていいと言われれば貴方を筆頭に顔見知りを数人貸してもらえれば上等です」


 よし、言質を取った。

 これで大手を振ってジャンと暴れられるわけだ。

 

「鏖殺将軍の復活。その場面を間近で見たいという若手も少なくない。活きのいいのが何人かいるから連れて行っても面白いかもな」


 それこそ、今回は大将のひ孫が参加しているからな。

 初陣で鏖殺将軍の指揮下に加われたとなれば、それは彼にとって財産になるだろう。

 しかし、ジャンは嫌そうに眉間に皺を寄せる。


「若手など邪魔になるだけでしょうに。そもそも、今更若者を育成する気など一切ありません」


「これはおかしなことを。ヘッセリンクの若手は育成しているのだろう?」


 フィルミーやメアリはともかく、あのユミカ嬢までジャンに師事していると聞いた時にはヘッセリンクのイカれ具合に頭が痛くなったものだ。

 確かにこの友人は子供好きではあるが、どう考えても幼い子供の師匠としては適格性を著しく欠いているだろうに。

 

「他所の人間を育てていざという時敵に回られても困るでしょう。まあ、最近は当代のご活躍もあってヘッセリンクに好意的な家も増えているようですが」


 好意的、か。

 確かに。


「愛想がいいからな当代は。その割にあの若さで東西南北四方の国と事を構えているのだから、わからないものだ」


 おそらく、歴代のヘッセリンク伯爵家当主と比べて群を抜いて愛想がいいのが当代だろう。

 それなのに、戦と縁があり過ぎ、そのいずれにおいても華々しい戦果を挙げているというのも不思議な話だ。

 私の感想を聞いたジャンが一息に杯を干し、何杯目かわからない酒を注ぎ直す。


「レックス様は決して暴れん坊というわけではないのですがね。半分はそういう星の下に生まれていらっしゃるせい。もう半分は、陛下のせいと言わざるを得ない」


 不敬ではあるが、確かに陛下はヘッセリンク伯を便利使いし過ぎだからな。

 大将曰く、先代を弟のように可愛がっていらっしゃったこともあって、歴代陛下よりもヘッセリンクへの警戒が薄いらしい。

 そのあたりは大将も釘を刺したらしいが、今回のことを考えても効果は薄いように見える。


「まあ、レックス様ご本人に思うところはないようですから問題ないのでしょうが」


「思うところなく四方の国を殴り飛ばせるのが流石ヘッセリンクといったところだろうな。やってこい、わかりました、で四方制覇だ。いや、南は別か」

 

 ジャルティクには陛下の許可なく勝手に乗り込んで、お忍びとは言えないお忍びで色々と暴れてきたらしいからな。

 私が言うと、一気に干した杯をターンッ! と机に叩きつけながら頷くジャン。

 おやおや、珍しく酔っているようだ。

 強い酒だからお前は飲むなと言われて別々の酒を飲んでいるが、なになに?

 『板挟み』?

 ああ、間違いなくあの酒蔵の酒だな。


「そう。惜しむらくは、南の出来事だけ表の歴史に残すことができないということです。三方制覇より四方制覇の方が断然レックス様の素晴らしさを後世に伝えることができるのですが、ね」


「闇蛇討伐やら脅威度S討伐やらもあるんだ。史上最高峰の狂人だと伝えるには十分だろう」


 私がそう言うと、ジッと杯のなかの酒を見つめたあと、やはり一息に酒を呷る友人。


「史上最高峰ですか。……足りない。それでは全く足りないな。史上最高の狂人。レックス様には、それになってほしいんだよ俺は」


「なるほどね。まあ、ヘッセリンク伯がこの先どうなるかは神のみぞ知る話だが、限りなくそれに近い場所にいるのは間違いないだろう」


「そのためにも、レックス様にはまずはここで『聖者』と『毒蜘蛛』の実績を超えていただく。蛮族共には申し訳ないが、精々贄となってもらいますよ」


……

………

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