第751話 伯爵様ムーブ

 へい、コマンド。

 愛妻が他国の王様を蹴り飛ばしたんだけど、どうしたらいいと思う?

 

【相手は敵国の王様なので、強気で押し通すことをお勧めします】


 なるほど。

 つまり、なんら悪いことはしていないと示すため、伯爵様ムーブで上からGOということですね?

 わかりましたコマンド先生。

 頑張ります!


「国王陛下が気を失っていらっしゃるようだが、それはそれとして」


 僕の言葉を聞いた文官らしい細身の男が、信じられないとばかりに大きく目を見開いた。


「他国の王に一方的に手をあげておきながら、それはそれとしてで済まそうと仰るか」


 冷静な物言いとは裏腹に、怒りを抑えるようにワナワナと震えている文官さん。

 この感じだと、彼はアルスヴェルの家来衆だな。

 では、お話ししましょうか。

 

「勘違いしているようだが、他国は他国でも、敵国の王だ。むしろ、その程度で済んだことを神に感謝してはいかがかな?」


【ナイス悪役伯爵】


 レプミア有数のナイスガイを捕まえて悪役伯爵だなんて失礼しちゃう。

 これがカナリア公やアルテミトス侯だったら、笑い話になっていない可能性が高い。

 

「それは」


 交渉役に定めた文官さんが、僕の威圧に後退りながらも言葉を返そうとしてくる。

 いい家来衆だ。

 これだけ忠誠心が高い家来衆がいるんだから、きっと王様は慕われているんだろう。

 ただ、残念ながら今の僕は伯爵様ムーブ中なんだよね。

 

「エイミー。ジャンジャック」


 名前を呼ぶ声のトーンから正しく僕の意図を察した二人が、無言で魔法を乱射し始めた。

 土魔法が壁や床を破壊し、火魔法が天井を焦がす。

 もちろん衛兵達が二人を止めるために飛び出そうとするが、そちらはウインドアローで牽制しつつ先方の出方を窺う。

 すると、文官さんが観念したように声を上げた。


「おやめください! ……わかりました。そちらの要求を、伺います」


 要求?

 要求。

 ……なんだっけ?


【ありませんね。囮になるために王様を出せと暴れていただけですから】


 そうだよね。

 ただ、要求なんてありませんなんて回答だと、伯爵様ムーブとしては少し弱いか。

 よし。


「要求と言われても困ってしまうな。私は、貴国の我が国への侵攻に対する報復にきただけだ」


 ニヤリと笑って見せた僕に、文官さんが頬を引き攣らせながらも口を開く。

 

「我らが主への面会を、求めていらっしゃったと伺いましたが」


 うん、それも家来衆が王妃様とお子さん達をスムーズに攫うにあたってのアシストの一環だったから、もし面会の場を設けてもらっても出たとこ勝負だっただろう。

 さて次はどう切り返そうかと考えていると、エイミーちゃんが炎を浮かべながら言った。


「敵対勢力に易々と自国を通過させた弱腰の陛下の顔を拝見しようと思ったのですが、残念ながらそれも叶わなくなってしまいました」


 以上が王様を蹴り飛ばした犯人の供述です。

 残念そうに目を伏せて首なんか振ってるけど、その動き一つ一つから『貴方達を煽ってます』という強い意思を感じることができた。

 いけない。

 これ以上居座るとより厄介な状況になりそうだ。

 人攫いの進捗はわからないけど、みんなを信じてこのあたりで退くか。


「そういうことだ。陛下が目を覚ましたらよろしく伝えておいてくれ。近いうちにまた会おう、とな」


 よし、ずらかるぞ、と踵を返そうとしたその時。

 蛮族さん方の背後から、女性をお姫様抱っこしたメアリと、幼い子供を一人ずつ抱えたクーデル、ガブリエ、さらには見知らぬメイドさんが走ってくるのが見えた。

 上手く攫えたうえに合流まで果たすなんて、仕事ができるね。

 あと、メイドさんだけ相当息が上がってるけど大丈夫?


「おいおい。こんな玄関でどんぱちやらかしてんなよ。逃げるのに邪魔だろうがよ」


「まったくだ。せっかく人ひとり抱えながら最大限忍んで来たっていうのに、台無しだよ伯爵様」


「王妃様! お子様方まで!? 皆の者! すぐにお助け」


 呑気に僕への苦情を述べてくるメアリ達に対して、敵方は必死の形相。

 王妃を救えとばかりに両手の塞がった家来衆に襲い掛かろうとしたが、ここもジャンジャックの土魔法で牽制されて動くことができない。


「そう言うな。本当は軽く暴れてすぐに退く予定だったんだが、不幸な行き違いが起きてしまってな」


「不幸な行き違いね。どうせこっちが勝手に行き違ったんだろ?」


【反論はございますか?】


 ないね!

 家来衆からの解像度が高過ぎるのも嬉しいやら悲しいやら。


「その顔、図星かよ。まあいいや。見てのとおりちっと両手が塞がってるから先に行くぜ?」


「いや、僕達もそろそろお暇しようと思っていたところだ。諸君らには迷惑をかけたな。これはほんの気持ちだ。嫌なことがあった夜に呑んでくれ。私の名において悪酔いを保証する」


 取り出したのは、猛火酒『板挟み』。

 ふふっ、こいつはキくぜ?

 なんたって、たった一本でヘッセリンクの男衆を軒並み潰した代物だ。

 なお、騎士爵を除く。


【ほぼ劇薬では?】


「ああ、それと。ご覧のとおり王妃様とお子様方はこちらで保護させてもらう。意味はわかるな? もし貴国が我々の敵ではないと言うなら、賢明な判断を期待する」


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