第750話 前人未到

 ジャンジャック流の交渉術。

 効率の面から見ればとても有効な面があることは否定しないが、今回は失敗だったと言わざるを得ない。


「ふむ。話を聞ける蛮族殿がいなくなってしまいましたね。爺めとしたことが、ついついやり過ぎてしまいました」


 蛮族さん方を殴り飛ばすこと数十人。

 なんと、最後の一人に至るまで誰も王様の居場所について口を割ることがなかった。

 もちろん、途中でジャンジャックに襲い掛かって返り討ちにされた人数も少なくないんだけど、それでもマンツーマンで交渉の席につかされた蛮族さん達が頑なに口をつぐんだまま爺やに殴り倒されていったことには心からの称賛を送りたい。


「いや、僕もまさか誰一人王の居場所を教えてくれないとは思わなかった。意外と忠誠心が高かったりするのか?」


 僕が首を傾げると、エイミーちゃんが床に倒れて動かない男達を見下ろしながら応える。


「もしくは、それをするくらいならジャンジャックさんに殴り飛ばされる方がマシと考える何かがあるのかもしれませんね」


「なるほど、一理ある。蛮族方が簡単には裏切らないような何かがある、か。それが忠誠なのか恐怖なのかはわからないが、厄介なことだな」


 どっちにしても王様の居場所がわからなかったのは事実だけど、交渉の失敗なんか気にした風もなく肩をすくめるジャンジャック。


「とはいうものの、行く手を遮るものがなくなったのです。ゆっくりと国王陛下の居場所を探すといたしましょうか」


 仕方ないからそれらしい部屋を片っ端から開けていくか、マジュラスに探ってもらうか。

 そう考えていると、城の奥からバタバタと慌ただしい足音が聞こえてくる。

 

「おやおや、新手ですか。本当に人数だけはいるようですな。質の方はまったくお話になりませんがね。やむを得ません。引き続き爺めが交渉するとしましょうか」


 気怠そうに前に出ようとしたジャンジャックだったけど、そんな爺やを制したのはマイプリティワイフ。

 一歩進み出ると、僕の目をじっと見つめてくる。

 可愛い。


「レックス様、ここはこのエイミーにお任せいただけませんか?」


 真剣な目で、交渉は任せろと僕に訴えてくる。

 拳を握り込んでいるけど、きっとジャンジャックとは違うアプローチで交渉してくれるんじゃないだろうか。

 ジャンジャックに視線を向けると、どうぞどうぞとばかりにニコリと笑みを返してくる。

 ほんとにつまらなかったんだろうな。

 

「では、お願いしようか。ジャンジャックの言ったとおり、蛮族方の質は下の下だ。しかし、なんせ数が多い。疲れたらすぐに言うんだよ?」


 蛮族方との交渉を任されて、花が咲いたように微笑んだエイミーちゃん。

 うん、やる気満々だ。

 決して殺る気満々ではない。


「雑兵との交渉程度で疲れたなんて弱音を吐いていては、国都のお義母様に叱られてしまいます。ヘッセリンク伯爵夫人として、しっかりと皆さんに床を舐めていただきますわ」


 改めて、交渉とは?

 そして、ヘッセリンク伯爵夫人とは?

 いや、考えるのはよそう。

 エイミーちゃんは可愛い。

 それが真理であり、全て。

 よし、証明終了だな。


【流石にガバガバ過ぎませんか?】

 

 シャラップ、コマンド。

 掘り返すと、妻の口から床を舐めさせるなんてカタギの交渉で使われるはずのない厳つい台詞が飛び出したことにも触れないといけなくなるだろう?

 僕とコマンドがそんなやりとりをしていることを知らないエイミーちゃん。

 駆けつけた敵の援軍の前に一人で進み出た愛妻は、先頭に立つ集団のリーダーらしい男が口を開こうとした瞬間、その顔面にお手本のような喧嘩キックを放った。

 やっぱりジャンジャック流交渉術じゃないですかやだー。

 後ろに立つお仲間を巻き込んで吹っ飛んだ男はピクピクと痙攣しているので、当面立ち上がってこれそうにない。

 不意打ちでリーダーがやられて騒然となる蛮族さん方。

 そんな場を落ち着かせるように、騒動を起こした犯人であるエイミーちゃんがパンパンッと手を叩き、男達の視線が集まるのを待って美しい礼をみせる。


「皆さんご機嫌よう。私はレプミア王国、ヘッセリンク伯爵レックス・ヘッセリンクが妻エイミー・ヘッセリンク。この度の我が国への侵攻について、国王陛下にお話がありお邪魔させていただきました。多くは語りません。速やかに国王のもとに案内しなさい。さもなくば、わかりますね?」


 凛々しさと神々しさを兼ね備えた愛妻が、そう高らかに宣言する。

 味方である僕ですらその圧倒的なオーラに膝を屈しそうになった。

 敵ならなおさらだろうと思い視線を向けると、なぜか気まずそうな顔の男達の視線が、床に倒れ伏し、痙攣することをやめた男に注がれる。


「……え?」


 あ、これはいけない。

 そう思った時にはもう遅い。

 頬を引くつかせながら、一人の男が口を開いた。


「今、貴女が蹴り倒した方が、アルスヴェル国王、アンデス・アルスヴェル様でございます」


【おめでとうございます! 他国の国王を蹴り倒すという、フィルミー、エリクスを大きく上回る実績を奥様は残されましたね!】


 自国の伯爵、他国の公爵ときて他国の王様かー。

 よし、もうこれ以上はないから気楽なものだね!


【自国の王様……いえ、なんでもありません】


 

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