第749話 死神夫婦 ※主人公視点外

 王妃様をどうやって探し当てるか。

 メアリと話し合った結果、一番上の一番奥から全ての部屋を総当たりという意見で一致した。

 伯爵様のような超常的な何かを持っていない限り、結局原始的な方法が一番効率がいいのよね。

 この時も、慌ただしく駆け回るお世辞にも人相がいいとは言えない男達から身を隠しながら順番に部屋を覗いていくと、王妃様らしい女性を見つけるのにそう時間はかからなかった。

 無造作に部屋に入ってきた私達に険しい視線を送ってきたのは、十人程度の護衛。

 勘でしかないけど、全員アルスヴェルの人間じゃないんじゃないかしら。


「えらくむさ苦しいな、おい」


「仕方ないじゃない。王妃様は大切な人質。簡単に渡したりしたらこの人達の首が飛んでしまうんじゃないかしら」


「この必死さ見りゃあ、首が飛ぶってのは物理的なほうなんだろうよ」


 メアリが首をトントンと叩いてみせると、男達から下品な怒号が上がった。

 きゃー怖い! なんて言いながらメアリに抱きついてもよかったんだけど、仕事は真面目にこなす主義だから我慢したわ。

 抱きつくのは後。

 仕事をこなした後のご褒美に取っておかなきゃ。

 

「首が飛ぶことに比べれば、今から多少痛い目に遭うほうがいくらかマシよね」


 さっさと終わらせてメアリからご褒美をもらうべくナイフを抜いて男に向けると、蛮族達もようやく剣を抜いた。

 

「なんなんだ貴様らは! この方が、王妃様だと知っての狼藉か!!」


 指揮官らしい男が唾を飛ばしながら言うと、メアリが首を傾げる。

 可愛い。

 今のは、心の中の可愛いメアリ一覧に収めるべきね。

 

「いや、王妃さんなんだろうなあとは思ってたけど、今あんたが紹介してくれたからやっぱりそうなんだなってわかったよ。ありがとな」


 可愛い表情から一転。

 敬愛する伯爵様を彷彿とさせるような獰猛な笑みを浮かべながら、メアリがナイフをひらひらと振ってみせたものだからもう大変。


「貴様! 調子に乗りおって!!」


 挑発されたと思ったらしい蛮族が、顔を真っ赤にしながら愛する夫に斬りかかった。

 まあ、そんなものに当たってあげるような愛する夫じゃないのだけど、私の愛する夫に斬りかかるなんて殺したくなったわ。


「おいおい。勝手に王妃さん紹介したのはそっちだろ? それなのに顔真っ赤にして。恥ずかしい大人だなおい」


「子供達がこうならないようにしないと。ううん、心配しないでメアリ。メディラとシャビエルにはどれだけ貴方が素敵かを伝え続けているから」


 晴れの日も雨の日も暑い日も寒い日も。

 英才教育は、あの子達が生まれた瞬間からもう始まっているわ。


「それやめろって言ったよな!?」


 ふふっ。

 照れているのね?

 私にはわかるわ。

 メアリが強い口調になる時は照れ隠しだと相場が決まっているんだから。

 

「大丈夫。私達がいない間は、アデルおばさんにメアリの可愛いところを伝えてもらうようお願いしているから安心して」


「たまに意思疎通ができなくなるのはなんなんですかねえ、っとっと。危ねえじゃねえか。今、大事な家族会議中なんだけど」


 二人目、三人目と襲いかかる蛮族をひらりひらりと躱すメアリ。

 最近筋肉をつけすぎじゃないかしらと心配していたんだけど、ちゃんと足捌きの軽やかさを維持しているのは努力の賜物ね。

 先々代様との修行の成果かしら。

 口には出さないようにしているけど、私はメアリを深く愛しているのと同じくらい、メアリに絶対負けたくない。

 メアリに守られるだけの存在。

 そんな自分の存在価値を、私は絶対に認めない。

 いっそのこと、オーレナングに帰ったら毒蜘蛛様に弟子入りしてみるのもいいかもしれないわね。


「殺せ! 王妃様を狙う賊を仕留めたものには、望むままの褒美を与える!!」


 その言葉に歓声を上げる男達だったけど、すぐにその声は悲鳴に変わる。

 仲間を鼓舞したばかりの指揮官の男が、音もなく移動したメアリにナイフを突き込まれて床に沈んだから。

 仕事を始めたメアリの顔は、冷たさと美しさが同居した、まさに死神のようだった。


「気合い入ってるとこ悪いけどさあ。あんまダラダラしてると雇い主に叱られるんだわ。だからさ、速やかに死んでくれるかい?」


 メアリが仕事の顔になったなら私もちゃんとしないと。

 そう思って、部屋の奥で青い顔をしている目標に声をかける。


「王妃様。少しの間大人しくしておいていただきますようお願いいたします。今から刃物が飛び交いますので。そう、こんな風に」


 言いながら投擲したナイフは、上手く王妃様の前に立つ蛮族に突き刺さった。

 仲間の汚い悲鳴に一斉に振り返る男達。

 

「どこ見てんだ? 余所見すんなよヤキモチ妬いちゃうぜ?」


 蛮族達がもう一度首を振った時には遅い。

 メアリがナイフを振るうたび、一人、また一人と短い呻き声を上げながら膝を屈していった。

 美しい死神に許しを乞うようなその光景に、鼻血が吹き出そうになるのを必死で堪えつつ負けじとナイフを振るう私。

 笑顔を隠しきれている自信は、ないわ。

 

「まあ、こんなもんか。お待たせ王妃さん。悪いけど、ついてきてもらえる? リュンガー伯んとこまで連れてくからさ」


 部屋にいた男達を無傷で無力化したにも関わらず息一つ乱さず言うメアリに、王妃様がほんの一瞬怯えたような表情を見せる。

 しかし、流石は一国の王妃様。

 すぐに背筋を伸ばすと、まっすぐに私達を見据えて口を開いた。


「弟の手引きなのですね。しかし、私だけ逃げ出すわけには参りません。私が姿を消せば、子供達が」


「ご安心ください。お子様達は既に同僚が救出に向かっております。今頃、この城を脱出しているのではないでしょうか」


 子供達の守護神、ガブリエだもの。

 きっと王子様と王女様を小脇に抱えて城内を疾走している頃じゃないかしら。

 私の言葉に、メアリも微笑みながら頷く。


「ちっとおかしな風貌してっけど。腕と子供の扱いは間違いねえから。まあ、嫌だっつっても無理やり引きずってくんだけどさ。大人しく攫われてくれよな、王妃様」



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