第748話 人攫いの道化師 ※主人公視点外

 ジャンジャックさんの派手な合図で一斉に駆け出した私達。

 特に誰がどう動くかなんて打ち合わせはしていないけど、自然とメアリ・クーデル夫妻と私という二手に別れることになった。

 まあ、妥当かな。

 あの二人は個々でも十分な実力を持っているけど、二人でいてこそ十全に力を発揮できる。

 ヘッセリンクに加入して間もない私でもそれがわかるくらいに、二人の関係は素晴らしい。

 翻って、私は一人で行動する方が力を発揮できる種類の人間だった。

 ジャルティクにいた時、同僚なんてものは足を引っ張る存在でしかないと思っていたくらいだ。

 強いて行動を共にしていい人間を挙げるなら、ラヴァ隊長を含むほんの数人だったな。

 もちろん、ヘッセリンクに来てからは、日々同僚達の素晴らしさに感動を覚える日々を送っているんだけどね。


 大胆すぎる賊の登場で慌てふためく城内で、明らかに落ち着いているというか、静かすぎる一角を見つけるのにそこまで時間は掛からなかった。

 まるで、そこに宝物を隠していますと主張するような気配を嗅ぎつけた私がその周辺の扉を片っ端から開けていくと、ほらやっぱりね。

 部屋にいたのはよく似た顔立ちの女の子と男の子。

 そして、お守り役のメイドさん。

 メイドさんは私の登場に息を呑みはしたものの、すぐに子供達を庇うように前に立った。

 ふむ、合格。

 子供を置いて逃げ出すようでは話にならないからね。

 そんな勇敢なメイドさんの後ろから恐る恐る顔を覗かせる二人に、得意のおどけた仕草で問いかける。


「はじめまして。貴方達は王子様に王女様かな?」


 子供達は戸惑ったように顔を見合わせた後、女の子がコクンと頷いてくれた。

 なるほど、こちらがお姉さんなのかな?


「ありがとう。では、お近づきの印にこちらをどうぞ」


 素直な二人に、小さな花束を取り出して見せると、わあっ! と歓声が上がった。


「すごい! 綺麗だねパーブル!」


「はい! 魔法みたいです!」


 ああ、子供達の歓声はいつ聞いてもいいものだ。

 この声を聞きたくて道化師をやっているようなものだからね。


「ふふっ。そうでしょう? 道化師は魔法使いみたいなものだからね。他にもほら、こんなこともできるんだ」


 気分が乗ったので、色とりどりの泡を空中にばら撒く手品を披露すると、やんややんやと拍手で応えてくれる王子様と王女様。

 ようし、次は何を見せて差し上げようかな、なんて考えていると、流石にメイドさんが厳しい声を上げる。


「一体何なのですか! ここが、アルスヴェル王城だと知っての、狼藉ですか!?」


 狼藉?

 昨日まで仲良しだったお隣さんに急に殴りかかる方がよっぽど狼藉だと思うんだけど、それは彼女に言っても仕方ないか。

 それよりも。


「自己紹介がまだだったね。では、改めて。私はガブリエ。レプミア王国からやってきた道化師さ。まあ、副業で暗殺者もやっているけどね」


 仮面を外しながら礼をすると、白塗りの私の顔を見た王子様がひゃっ! と声を上げた。

 素晴らしい反応だ。

 花丸をあげちゃうよ。


「暗殺者? では、私達を殺しに来たのですか?」


 王女様はとても聡明らしい。

 少し怯えながらも、弟を守るように抱きしめている。

 

「まさか! 私は子供達の味方、道化師。そんな私が王女様方の命を狙うなんてまさかそんな!」


 怖くないよ? と伝えるため、おどけた踊りを披露する私に、メイドさんが厳しい表情で言う。


「では、何をしに?」


「お二人をお迎えにあがりました。どうも、大人が仲間割れしているせいでこのお城は安全じゃないみたいだからね。悪いけど、保護させてもらうよ」


「何を勝手なことをっ!?」


 丁寧な礼をとりつつ言う私に、激昂したように声を上げるメイドさん。

 おっと、言い方が悪かったかな。


「落ち着いて落ち着いて。勝手なことを言っているのはわかってるんだ。まあ、そちらの意思なんて関係ないんだけどね。主からは、お二人を攫ってこいと言われているから」


 そろそろお喋りも切り上げて仕事をしようかと考えていると、ドタバタと足音が聞こえてきた。

 

「賊めが! お二人から離れろ!」


 入ってきたのはガラの悪い男達。

 挨拶もなく賊呼ばわりなんて傷ついちゃうなあ。


「人相の悪いお兄さん方だね。大きな声を出すから子供達が怯えているじゃないか。さてさて。君達は王様側かな? それとも……蛮族側かな?」


 おそらく蛮族側なんだろう。

 助けが来たのに子供達もメイドさんも全く嬉しそうな顔をしてないし。

 まあ、聞いてみたものの正直どっちでもいいんだ。

 私から見れば、アルスヴェルも蛮族も、どちらも敵だからね。


「メイドさん。頼みがあるんだけど」


「……なんですか」


「王子様と王女様の目を塞いでおいてくれるかな? お二人は自分の耳を塞いでくださいな」


 私の言葉に、これから何をするつもりなのか察したメイドさんが二人の視界を塞ぐように抱きしめると、子供達も素直に耳を塞いでくれた。

 ようし、舞台は整ったね。


「そうそう、素直ないい子達だ。はい、ひとーり」


 敵の前だというのに私を舐めているのか油断し切っていた男に接近し、胸にナイフを突き立てる。

 

「どうしたの? 動かないと、死んじゃうよ? ふたーり、ほら、さーんにん」


 味方が刺されたのに、驚きで声も出せずに棒立ちでいる二人目、三人目も一突きずつで沈めたあと、扉の外にナイフを投擲する。

 汚い悲鳴が聞こえたから、ちゃんと痛いところに当たってくれたらしい。


「四人。終わりかな? メイドさん、ご協力ありがとう。最後にもう一つお願いがあるんだ。そのまま両手を挙げて、壁の方を向いてもらえるかな?」


 メイドさんに罪はないからね。

 このまま抵抗しないなら見逃してあげようかと思っていると、子供達を抱きしめたまま震えた声で言う。


「お断りします! お二人は、わ、私がお守りします!」


 いい度胸だ。

 なんとなく気に入ってしまったので、震えるメイドさんから王女様達を奪い取り、抱きかかえながら言う。

 

「王女様達が心配なら貴女もついておいでよ。その代わり、全力で走らなきゃ置いていくからそのつもりで」


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