第747話 交渉
ジャンジャックのロックキャノンがお城の玄関を破壊したのを見届けると同時に、暗殺者組が走り出す。
メアリだけは走り出す直前に天を仰いでたような気がしたけど、きっと気のせいだろう。
さて、今回はアルスヴェル城への潜入および王妃、王子、王女の身柄確保を目的としてやってきたわけだが、メアリから再三指摘されたように、僕やジャンジャックがその分野で役に立てるとは思っていない。
ならば、せいぜい目立って三人のアシストをしようじゃないか。
ということで、宣言したとおり騒つく正面から城に入ると、砕けた諸々が散乱するエントランスホールで堂々と名乗りを上げる。
「私はレプミア王国からやってきた、レックス・ヘッセリンクという者だ! 先日行われた我が国への侵攻について話をしに参った! 至急、国王陛下に取次をお願いしたい!」
囮になるついでに偉い人に会っておこうかくらいの考えでそう言うと、それまで蜂の巣をつついたような騒ぎだった城内が静まり返り、人々の視線が僕に集中する。
「おや? 聞こえなかったかな? 国王を連れてこい、とお願いしたんだが。ああ、ちなみに、玄関を壊した犯人なら私だ」
だいぶ風通しがよくなったんじゃないか? とケラケラ笑う僕に対し、衛兵達が怒声を上げながら武器を手に駆け寄ってきた。
すごく怒ってるじゃないですかやだー。
まあ、はいわかりましたって王様が出てくるとは思ってないけどさ。
いかんせんノープランなのでここからどう話を転がそうかと考えていると、ジャンジャックが微笑みを浮かべながら言う。
「レックス様。よろしければ爺めが交渉を代わらせていただきますが」
妙に自信満々の爺や。
確かにジャンジャックはハメスロットが来るまで家の交渉事を一人で請け負っていた実績があるんだった。
腕力重視の交渉術しか選択肢にない僕と違って、スマートな交渉を見せてくれるかもしれない。
「ふむ。任せても構わないか? どうもこの手の仕事は苦手だ。これからの課題といったところだろう」
「レックス様はまだお若い。爺めも若い時分は交渉事などまっぴらだと思っていましたが、立場が上がるとそうも言っていられなくなりましてな」
ついつい忘れそうになるけど国軍でもお偉いさんだったよ鏖殺将軍。
それは各方面との交渉や折衝は避けて通れないか。
それを考えると、繊細な仕事は苦手じゃないと言うのもあながち嘘ではないのかもしれない。
「では、勉強させてもらおうか」
「御意。必ずやレックス様の御心に叶うよう交渉を進めてご覧に入れます」
僕の言葉を受けたジャンジャックが一歩前に進み出ると、相手の最前列に立つ一人の男を指差す。
「では、そこの貴方。国王陛下を呼ぶのが無理ならば、いらっしゃる場所に案内していただけませんか? このとおりです」
言いながら頭を下げてみせる爺や。
ジャンジャックが示してくれたのは、初めはボールを高く投げておいて、徐々に妥協点を探っていくという交渉における『いろはのい』だった。
王様を呼びつけるのが不敬ならこちらから行きますよ、とまずは僕の要求から一段下げたわけだ。
丁寧な態度のジャンジャックに戸惑ったような表情を見せる先方だったが、そんなことはできないときっぱり断られる。
「聞き入れてもらえませんか。では」
となると次は、案内するのがダメなら居場所を教えてください、とかそんな要求になるのかな?
なーんて思ってた僕は甘ちゃんだった。
では、と呟いたジャンジャックが何の躊躇いもなく、要求を退けた衛兵の顔面に蹴りを叩き込んだのだ。
同僚を巻き込んで吹き飛ぶ衛兵さん。
突然のことにリアクションを取れずにいると、一瞬前の出来事などなかったかのようににこやかに微笑みながら敵兵を指差した。
「次、そこの貴方はどうですか? 王を呼ぶか、私達を案内するか、殴り倒されるか。選びなさい」
【交渉……?】
言いたいことはわかるよコマンド。
僕の見積もりが甘かった。
ただ、それだけさ。
「私が大人しく頭を下げている間に要求を呑むことをお勧めします。そうでなければ、無用な被害がでるだけですよ? こんな風にね。土魔法、ロックバレット」
土の散弾を天井といわず床といわずばら撒く鏖殺将軍。
土魔法のなかで最も低威力だとはいっても、ジャンジャックがそれを使えば堅牢な城の内装を抉るくらいは容易だ。
「貴方達がこちらの要求を呑むのが先か、私がこの真新しい城を解体するのが先か。こちらはお願いする立場なので強くは言えませんが、要求を呑んでいただくほうがよりよい未来が待っているとお伝えしておきましょう」
お願いする立場だと言いつつ、一人指名しては殴り倒し、一人指名しては蹴り飛ばすという繊細な作業に精を出すジャンジャック。
そんな爺やの姿に、エイミーちゃんがほうっとため息を吐く。
流石のエイミーちゃんも交渉とは名ばかりの暴れっぷりに呆れちゃったか?
「流石はジャンジャックさん。完璧な話の運びですね。短くない間一人でヘッセリンク伯爵家を切り盛りしていた実力が遺憾無く発揮されています」
呆れるどころか惜しみない賞賛を送るマイプリティワイフ。
どこに話の運びが……いや、やめておこう。
愛妻がそう言うなら間違いなくそうなんだ。
爺や、ナイス交渉。
【諦めないで】
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