第746話 潜入! アルスヴェル王城!

 リュンガー伯爵領からアルスヴェル王国の都まで、馬に乗って約七日。

 その間、蛮族方は全く姿を表さなかった。

 壊滅的とは言わないまでも、国境沿いとリュンガー伯爵領で二度にわたって打撃を与えたので、一旦引いて立て直しを図っているのかもしれない。

 

「意外と新しいんだな」


 メアリがアルスヴェル城を見上げながら言うと、ジャンジャックがまるで教師のような口調で応える。


「アルスヴェルは百年前の我が国との戦を契機にして蛮族的生活からの脱却を始めたと言われています。なので、この城自体もそれ以降に建てられたものなのでしょうね」


 リュンガー伯もそんなことを言っていたな。

 確か、蛮族的生活を抜け出してレプミアのような文化的な国作りを目指してるんだっけ。

 

「博識だねジャンジャックさん」


「国軍時代に周辺諸国のことは一通り勉強しましたので。まさか、現役を退いた後に攻め込むことになるとは思いませんでした。まったく困ったものです」


 口では困ったと言いながら、舌なめずりせんばかりの笑みを浮かべて城を見つめるジャンジャック。

 爺やのよろしくない部分が出ているので、さっさとミッションに移ってしまおう。


「さて、一応確認しておこうか。これから僕達はこのアルスヴェル城への潜入を行う。目標は、リュンガー伯の姉君である王妃様と、そのお子様二人を回収すること。ここまでで質問は?」


 僕の問いかけに、全員が首を横に振る。

 よし。


「では各自健闘を祈る」


 よーし、潜入しちゃうぞ!

 一番乗り目指して駆け出そうとした僕だったけど、メアリに襟首をつかまれてスタートダッシュに失敗する。

 

「まてまてまて。え? 目的しか言われてねえけど」


「目的さえあれば、あとはそこに向かって走るだけさ。そうだろう?」


 メアリの肩をポンッと叩いて他の四人に視線を向けると、メアリの奥様がなるほどとばかりに頷いてみせる。

 

「つまり、好き勝手に城に潜入し、それらしい人を攫ってくればいいということですね? 承知いたしました」


 ザッツライト。

 素晴らしい理解力だクーデル。

 潜入する、探す、攫う。

 それでミッションコンプリートさ。

 なお、敵と遭遇した場合は殴り合って雌雄を決するものとする。


【蛮族側かな?】

 

「軽々しく承知すんなって。いや、百歩譲って俺とクーデルとガブリエの姉ちゃんはまあいい。本職みてえなところあるし。問題は爺さんだよ」


 メアリの疑うような視線を受けて、ジャンジャックが芝居掛かった動きで腕を広げながら、やれやれとばかりに首を横に振る。


「あの小さかったメアリさんが私の心配をしてくれるまでに成長するとは。なんとも生意気ですな」


 二人のまるでおじいちゃんと孫のようなやりとりに、つい笑みが溢れる僕達。

 

【どこのおじいちゃんと孫が他国の王妃様の誘拐方法を話し合ったりするでしょうか】


「笑ってるけど、兄貴とエイミーの姉ちゃんも一緒だから。念のために、これからどうするつもりか教えてもらっていいかい? いい予感がまったくしねえからさ」


 どうするもこうするも。

 僕達夫婦はジャンジャック以上に潜入なんて繊細な作戦に不向きだからね。

 そんな僕達にできることは一つだけだと思わないか?


「堂々と名乗りながら、正面玄関からお邪魔する」


 正面突破しかないでしょう。

 今回はジャルティクの時と違って、お城に訪問するのに正体を隠す必要がない。

 なら、こそこそせずレプミアから来ましたと声を上げながら玄関を潜ってもなんら問題ないというわけさ。

 

「では、爺めもお付き合いいたしましょう。多少騒ぎが起きるでしょうが、貴方達三人は、その騒ぎに乗じて目標を捕獲すること。よろしいですね?」

 

 ジャンジャックの言葉にガブリエが大袈裟に声を上げる。


「つまり、三人が囮に? これはまずいな。失敗は許されないじゃないか!」


 まったくまずいと思ってないことがわかる明るいトーンの絶叫。

 お城の目と鼻の先で囮とか失敗とか叫ばないでいただきたいが、ジャンジャックは余裕の態度を崩さずガブリエに問う。


「おや、失敗するつもりでしたか?」


「まさか」


 こちらも先程の絶叫が嘘のように、落ち着いたトーンで返すガブリエ。

 ジャンジャックはその答えを受けて満足そうに頷くと、視線を死神夫婦に向ける。


「どうですか? メアリさん、クーデルさん。ヘッセリンクの誇る暗殺者が三名に豪華な囮付き。できないことなどないでしょう?」


「その条件で失敗する方が難しいわ。ね? メアリ」


 自信満々に言い切ってぴったり寄り添うクーデルを全力で引き剥がしながら、メアリも最後には諦めたように首を縦に振った。


「そもそも成功するのは大前提なんだから兄貴達にはどっか適当に時間潰しておいてもらいてえんだけど……まあいいや」


「よし。みんなの納得が得られたところで作戦を開始する。ジャンジャック、景気付けだ。目標、アルスヴェル城玄関」


 僕が指を差すと、心得たとばかりに一切躊躇うことなく印を結ぶ爺や。


「おい。何するつもりだよ!」


 メアリが焦ったように声を上げるけど、もう遅い。


「メアリさん、静かに。では、合図が終わり次第突入……、いえ、潜入開始です。皆さん、張り切っていってらっしゃい。土魔法『ロックキャノン』」

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