第745話 攫ってこよう

 王妃様を救出してリュンガー伯爵家に元トップ蛮族の力を発揮してもらうという方針を定めた僕は、先に進むのではなく、リュンガー伯爵領に留まって家来衆の到着を待つことにした。

 歓迎の宴でエイミーちゃんが本領を発揮してしまい、危うく先方の食料庫を空にする寸前まで追い込むという可愛いおっちょこちょいを披露したりもしたが、追い払った蛮族方が再び南下してくることもなく、全体的には穏やかな日々だったと言っていいだろう。

 そして、ついにその日がやってくる。

 濃緑の外套を纏った我が家の家来衆が四人、誰一人欠けることなくリュンガー伯爵邸に到着した。


「うわ、まじでいたよ。兄貴、お疲れさん」


 相当な強行軍の後だろうに、僕の顔を見て軽い調子で手など振ってよこすメアリ。

 元気そうで安心したよ。


「ジャンジャック、メアリ、クーデル、ガブリエ。遠いところをご苦労だったな」


 僕が声を掛けると、お約束というやつか、我が家の誇る死神四人が揃って片膝をついて頭を下げる。

 

「……ヘッセリンク伯。この者達が?」


 リュンガー伯が戸惑うのも無理はない。

 僕から毎日、とんでもない奴らが来るぞ! 絶対ちょっかい出すなよ! と聞かされてどんな厳つい連中が来るかと構えていたら、この面子だからね。

 

「ああ。私自慢の家来衆達だ。腕を試したければ仕掛けてもらっても構わないが、そちらの家来衆の数が減るだけだからお勧めはしない」


 それでもいいならどうぞと伝えると、苦笑いを浮かべながら首を振ってみせるリュンガー伯。


「いや、やめておこう。ただでさえ願い事をする立場だ。礼を欠くような真似をするつもりはない。ようこそ、ヘッセリンク伯爵家のご家来衆。この屋敷の主、グベリ・リュンガーだ」


「ご丁寧にどうも。あ、グベリさんさ。私達を案内してくれた人達に謝っておいてもらえるかな? 少し怖い思いをさせてしまったからね」


 相手は他国の伯爵様だというのに、お構いなしにやたらとフランクに声をかけるガブリエ。

 そんな同僚に、メアリが呆れたように言う。


「白昼の往来でナイフ握りしめた仮面の女に追い回されたんだ。当面夢に出るだろうよ」


「あっはっは! これでも故郷では美人暗殺者と評判だったんだけどなあ」


 確かに美人ではあるが、彼女の素顔は仮面と白塗りに隠されているので、お目にかかる機会はそうそうない。

 素顔で屋敷を歩いていたら二度見してしまうくらいには見慣れないというのが本音だ。


「ところでレックス様。我々を待たれていたと伺いましたが、何かございましたか? 爺めはてっきりアルスヴェルの城くらい既に陥していらっしゃるかと思っていたのですが」


 へい爺や。

 この国の貴族様の前で城を陥すなんてジョークはよろしくないぜ?

 ほら、真面目な伯爵様がプルプルしているだろう?

 グベリ君ったら蛮族さんらしく意外と短気だから、怒り出す前に作戦の概要を説明してしまうことにする。

 

『グベリ君のお姉ちゃんが都で人質になってるらしいから、助け出したうえでリュンガー伯爵家を蛮族共に嗾けようぜ!』


 要約するとそんな感じの作戦の説明を黙って聞いていた四人のうち、最初に口を開いたのはメアリ。


「つまり、王妃さんさえ助け出せばあんたらは北に向かって進軍してくれるわけ?」


 要は、本当に動く気あるんだよなあ? と問うメアリに対し、漢リュンガー伯は胸を張って深く頷きを返す。


「ああ。本当に姉上を救い出してくれたなら、裏切り者に鉄槌を下すべく北に兵を差し向けることを約束する」


 しばし無言で睨み合う異国の若き伯爵と美青年暗殺者。

 

「……あっそ。兄貴、俺は構わないぜ?」


 とても絵になる睨み合いは、リュンガー伯の本気を感じ取ったらしいメアリがあっさりと引き下がることで終了した。

 そんな二人の様子を微かに息を乱しながら湿度高めの瞳で眺めていたクーデルが、メアリの腕を抱き締めつつ怪しく笑う。


「メアリがいいなら私から言うことはありません。ふふっ。敵に囚われた王妃様を救い出すなんて、腕が鳴るわ。ね? あ、な、た?」


「いちいちくっつくなって! はーなーれーろ!」


 引き剥がそうとする夫と引き剥がされまいとする妻の高度な攻防を横目に、優雅な礼を見せたのはジャンジャック。


「爺めもレックス様がそう望まれるなら否はございません。どうも爺めが大味な作業しかできないと思われているご様子。いい機会ですので、潜入などの繊細な作戦にも対応できるところをお見せしましょう」


 おやおや。

 誤解があるようだけど、ジャンジャックが繊細な作業を苦手としているとは一切思っていない。

 ただ、それよりも暴れて壊す作業のほうが遥かに得意だと思っているだけです。

 それをどう爺やに伝えようか悩んでいると、一人最後まで黙っていたガブリエが仮面を外しながら口を開いた。

 

「ねえグベリさん。王妃様にお子さんはいらっしゃらないのかな?」


 仮面の下から現れた白塗りに若干引きつつも、グベリ君が答える。


「まだ幼いが、王子と王女が一人ずついる」


 それを聞いたガブリエが深々とため息を吐いたかと思うと、紫がかった長い髪をガシガシとかき回しながら呆れたような声で言った。


「私は子供の味方、優しい道化師だからね。幼い子供達をお母さんと引き離すのには反対だ。ねえ、伯爵様。責任は私が持つから、その子達も一緒に攫ってきて構わないかな?」


 おいおい。

 王子様と王女様を攫うだって?

 OK、承認。


「ああ、構わない。王妃様だけ助けても、子供達を人質にされる可能性があるからな。むしろ積極的に攫うことにしよう。それと、お前が責任を持つ必要はない。全責任は僕が持つから、安心して攫ってこい」


 追加ミッション、『王子様と王女様も攫ってこよう!』が発生しました。

 さて、難易度はどの程度かな?

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