第744話 到着 ※主人公視点外

 空を飛ぶっつうとんでもねえ反則技で北に向かったらしい兄貴を追ってオーレナングを出発した俺達は、途中の街で待ち構えていたクーデルと合流し、自分でも呆れるほどの短時間でエスパール伯爵領に到着した。

 出迎えてくれたダイゼの兄ちゃんの勧めもあって、風呂に入って腹一杯温けえもん食って、丸一日死んだように寝たら、身体が軽いこと軽いこと。

 エスパールのおっさんが言うには、兄貴は俺たちに『急げ』っつう伝言を残して何日も前に北に向かって飛んでったらしい。

 勘弁してくれよ。

 追いつかせる気があるならせめて歩いていけと思わなくもない。

 まあ、敬愛する伯爵様からの指示だから急ぎますけど?

 エスパール伯爵領軍の持ってる軍馬を借りて再び高速移動を続けると、国境からそう遠くない場所に大きめの街を見つけた。

 街の規模にしては活気がねえのは、街の中心部にあるでかい屋敷の周りに残った戦闘の痕のせいだろう。

 特に目立つのは、広範囲にわたって黒焦げになった地面だ。

 相当手練の火魔法使いが暴れたみてえだな。


「これは酷いね。相当暴れたようだ。……うちの奥様が」


 うん、俺も犯人はエイミーの姉ちゃんだと思う。

 多分、兄貴にいいとこ見せようとして張り切りすぎたんだろう。

 困った奥様だよほんとに。

 

「よくもまあ他所様の土地をこれだけ荒らせるもんだ。爺さん、どうよ」


「ふむ。戦闘が行われて相当の日数が経過していますね。まったく、まだ追いつけないとは。これ以上の強行軍は老体には堪えますね」


 やれやれと腰をさすったり肩を叩いたりしてみせる鏖殺将軍。

 年寄りの仕草が全然似合わねえのに、そんな爺さんを見たクーデルが真顔で言う。


「ジャンジャックさんの腰と肩のためにも一日でも早く伯爵様と合流しないといけないわね。幸い、伯爵様がお暴れになった跡がこれだけはっきり残っているんだもの。各地に残っているであろうこの痕跡を辿っていきましょう」


 行く先々で暴れ倒してるのは確定なわけね。

 いや、もちろん俺もそう思うんだけど、追いつく前に全部終わってたなんてことになったら家来衆の沽券に関わるわけよ。

 兄貴とエイミーの姉ちゃんなら二人で城一つくらい陥せるだろうけど、家来衆としては雇い主ばかり働かせるわけにはいかねえ。


「では、この街で食料の調達を済ませ次第出発しましょう。……ところでガブリエさん」


「なんだい? 手持ちが心許ないなら道化師の芸で路銀でも稼ぐけど? それともあれかな? さっきから遠巻きに私達を見てる彼らの喉でも掻っ捌いてこいって言うのかな?」


 ガブリエの姉ちゃんが、閑散としているとはいえ往来のど真ん中で複数のナイフをお手玉しながら物騒なことを尋ねると、爺さんも手を叩きながら満面の笑みで応える。


「後者でお願いします」


「承った♪」


「そんなもん軽々しく承るのやめろって怖えな。おいあんたら! コソコソしてねえで出てこいよ! 三つ数えるうちに出てこねえと大変なことになるぞ!」


 爺さんは誰と組んだって色んな方向にやべえけど、今回の遠征でわかった。

 ガブリエの姉ちゃんと組ませるのが一番ダメだ。

 兄貴とエイミーの姉ちゃんと一緒で、お互い踏みとどまる機能がねえ。

 シャレにならねえ事になる前に隠れてるつもりで全然隠れられてねえ奴らに声をかける。


「三、二、一。いってらっしゃいガブリエ」


「いや数えるの早え!」


 俺の気遣い台無しだよ。

 いや、身内が一番踏みとどまる機能に乏しいことを忘れてた俺が悪いと言えば悪いんだけど。

 そんな反省をしていると、仮面をつけた怪しいやつに追い立てられた男達があっさりと姿を表す。

 

「どうする? よく考えたら彼らに恨みなんか一欠片もないんだけど。後腐れなく消してしまおうか?」


 ナイフでお手玉をしながら踊るという器用な真似をするガブリエの姉ちゃんが相当怖かったんだろう。

 一人の男が慌てたように口を開いた。


「ま、待ってくれ! 私は、私達はこの地を治めるリュンガー伯爵家の者だ。あなた方は、レプミアのヘッセリンク伯爵家のご家来衆で間違いないだろうか!?」


 お?

 領主様のとこの人間だったのかよ。

 ヘッセリンクかと聞かれりゃそうだけど。

 爺さんに視線を向けると、軽く頷いてみせる。

 はいはい、俺が交渉するのね。


「そのなんとかって伯爵の家来衆なら何かいいことがあるのかい?」


「ヘッセリンク伯は、あなた方と行き違いにならないよう先日から我が主の屋敷に逗留されている。私達は、あなた方がこの街を通り過ぎないよう見回りを命じられた者だ」


 兄貴が?

 もうこの国にいねえ可能性まであったってのに、こんな国境に近いところにいるなんてあり得るか?

 疑うような俺の表情を読んだように、男が言う。


「そちらのご老人がジャンジャック殿、仮面の女性がガブリエ殿。そして、貴方がメアリ殿で、そちらがクーデル殿だろう? 二人は仲睦まじい若夫婦で、子供がメディラとシャビエルという男女の双子だと聞いている」


 疑われた時のために兄貴から教えられたらしい。

 俺とクーデルが仲睦まじいかどうかは別にして、ここまで知ってるとなれば、兄貴と接触しているのは間違いねえか。

 

「どうする? 爺さん」


「まあ、ついて行くだけついて行ってみましょう。レックス様がいらっしゃればそれでよし。いらっしゃらなければそれはそれとして北に向かえばよろしい」


 どう転んでも大勢に影響はない、と。

 筆頭殿がそう言うなら俺達は従うだけだ。


「じゃ、そういうことなんで、大人しくついてくから案内よろしくな。ああ、もし今言ったことが嘘なら、あんたとあんたのお仲間がえらいことになるから、そのつもりでいてくれよな」


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