第743話 予定変更

 話が聞きたいと伝えると、快く屋敷に案内してくれたリュンガー伯。 

 屋敷の中に荒れた様子はなく、家来衆と思われる男女にも変わった点は見られなかった。

 彼らが急に筋肉ムキムキになって襲い掛かったりしないことを願いつつ、通された部屋でヒアリングを開始する。


「さてさて。おそらくご家中もバタつかれているだろうから、伺うことを伺ったらすぐにお暇させてもらうつもりだ。まずはこれが一番大切なのだが、あなた方は我々の敵か?」


 余計な前置きはなしでそう投げ掛けると、一瞬たりとも迷うそぶりを見せず、リュンガー伯が首を横に振る。


「先ほども申し上げたが、あの蛮族共と一括りにするのはやめていただきたい。我々に、レプミア王国と争う考えはない」


 OK。

 では次の質問だ。


「今も先程も、我々と言ったな? それは、リュンガー伯爵家のことだろうか。それとも、アルスヴェル王国まで含むのかな?」


 どこまでが『我々』に含まれるのか。

 その範囲次第では、この後の行動が大きく変わってくる。

 具体的には、アルスヴェル王国を仕置きの対象に含むか、含まないかだ。


「国まで含むに決まっているだろう! と言い切れれば、どれだけ楽なことか……」


 リュンガー伯が言うには、百年前にレプミアに負けて以降、国の方針は親レプミアらしい。

 具体的には、蛮族時代からの完全な脱却を図り、レプミアのような文化的な国家を目指す考えなんだとか。

 国全体でもその考えが主流で、とりあえず殴って奪えばいいという野蛮な考えを捨てようと、この百年試行錯誤を繰り返しているそうだ。

 しかし、王族が一枚岩かと言われればそんなこともなく。

 現在の王族には、蛮族生活への回帰を願う人物が複数いるそうで、しかもその人物達が王様に次ぐ権力を持っていたりするからさあ大変。

 

「元々この国は、蛮族の中でもより蛮族らしい国だったと聞いている。そんなアルスヴェルが抜かれたと聞いた時にはえらくあっさりしたものだと思ったが、なるほど。裏切り者の手引きがあったわけだ。国を挙げて紳士淑女を目指すには、百年では足りなかったということか」

 

 僕の言葉に苦い顔をするリュンガー伯。

 そんな顔をされても実際こちらは被害を受けているわけですよ。

 

「レプミアとの国境を任されているくらいだ。リュンガー伯爵家も、腕力には自信があるのだろう?」


「あの暴力を見せられた後では素直に胸を張り難いが、我が国では三指に入ると自負している」


 なるほど。

 蛮族オブ蛮族だった国のトップ3に食い込んでいるなら弱いわけではない、と。

 

「その割には、我が国にすんなり敵を通したようだな。領地と領民を守るために無駄な抵抗をしないというのは貴族としては賢明な判断だと思うが……」


 なんたって無傷の敵が雪崩れ込む寸前だったんだ。

 アルスヴェルをお友達だと思っていたこちらとしては、国境を守ってるリュンガーさんに頑張ってもらえたら嬉しかったなあと思わなくもない。

 言葉を濁した僕に、リュンガー伯が弱々しく笑いながら言う。


「現在の王妃は、私の一番上の姉なんだ」


「おやおや。人質を取られているのか。それは可哀想に」


「他人事だと思って」


 軽い調子で応じた僕に低い声で呟くと、拳を硬く握りしめるリュンガー伯。

 後ろに控える護衛の皆さんも歯を食いしばってこちらを睨んでいる。

 あ、エイミーちゃん、テーブル蹴るのはなしで。

 ここは僕に任せてほしい。


「主従揃ってそんなに怖い顔をされても事実他人事だからな。それに、事情はどうあれアルスヴェル王国が蛮族方と組んで我が国に攻め込んできた事実は消えない。敵対の意図はないと言いながら貴方がそれらを黙って通した事実もだ。反論は?」


 僕の問いかけに悔しげに顔を歪めはしたものの反論しない、漢リュンガー伯。

 OK。

 やることは決まった。


「意地悪を言ってすまなかったな。とりあえず、アルスヴェルは敵だがリュンガー伯爵家がそうでないことは理解した。ああ、意地悪の詫びといってはなんだがこれを差し上げよう。レプミアの一部で流行の兆しがあったりなかったりする野菜だ。一株植えれば目を覆いたくなるほどの勢いで繁茂するから、ぜひ試してくれ」


 濃緑の葉っぱは、きっと寒冷地でも元気に育ってくれるはずだ。

 敵とはいえ初対面なのに他所の貴族相手に失礼ぶっこいたお詫びはこれでよし、と。

 急に見慣れない葉っぱを押し付けられたリュンガー伯が、戸惑ったように口を開く。


「これから貴殿はどうされるおつもりか」


 本当はエイミーちゃんとのデートがてら蛮族の皆さんにお仕置きと洒落込むつもりだったんだけど、話を聞いて気が変わった。


「アルスヴェル王国の都を目指そうと思う。人質がいなければ、リュンガー伯爵家自慢の腕力を見せてくれるのだろう?」


「一体何を」


「動きやすくしてやると言っているんだ。私が人質を解放してきてやる」


 追加ミッション。

 王妃を救い出してリュンガー伯爵家の腕力を解放せよ、ってね。

 僕の言葉の意味を理解した瞬間、リュンガー伯が縋るような表情でテーブル越しに身を乗り出してきた。

 そのあまりの迫力に、ついつい予備の濃緑の葉っぱを取り出してその口にねじ込んでしまったが、不幸な事故だ。


【素晴らしい動きに奥様もうっとり】


 照れるねどうも。

 テーブルの上で葉っぱの苦さとエグさと青臭さに悶えているリュンガー伯に、不幸ついでに悲しいお知らせを一つ。


「悪いがはしゃいでいる場合ではないぞ? これから、私など足元にも及ばないレプミア最高峰の武力を誇るおじ様達がここにやってくる。老婆心ながら申し上げるが、姿が見えた瞬間全力で敵ではないことを訴えた方がいい。でなければ、アルスヴェル王国で最も早く地図から消え去るのは、このリュンガー伯爵領になるだろう」


 

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