第742話 リュンガー伯爵
蛮族方の大半はエイミーちゃんとゴリ丸、ミドリの前に為す術なく沈み、動ける者は北に向かって走り去った。
まずは完勝と言っていい成果にホッと胸を撫で下ろす。
逃げる敵を追撃しようとしてゴリ丸に止められたミドリは、ポメラニアンモードでその肩に乗せられて帰ってきた。
「レックス様。ただいま戻りました」
多少服が汚れているものの、怪我らしい怪我もなく帰ってきたエイミーちゃんが余裕を示すように優雅な礼を見せる。
「ああ。お帰り、エイミー。ゴリ丸とミドリもご苦労だった。素晴らしい働きだったぞ」
僕が拍手を送ると、ミドリを乗せたままのゴリ丸が、すっと頭を下げた。
どこで覚えたんだろう、今の洗練された動き。
僕が目を丸くしているのに気づいたのか、マジュラスが誇らしげに胸を張る。
「ゴリ丸兄様が人間の動きを覚えたいと言うから我が教えて差し上げたのじゃ。我が兄ながら飲み込みが早くてのう」
元王族が講師でした。
「しかし、やはり数だけで押し切ろうという作戦だったのだろうか。だとすれば、レプミアも随分軽く見られたものだ」
今回はカナリア公爵領軍やアルテミトス侯爵領軍のような、腕力に秀ですぎた集団が出張ってきている。
さらに、『戦争屋』サウスフィールドや東の守りであるベルギニアなど、武闘派貴族が複数控えていることを考えれば、蛮族方の見積もりは甘いと言わざるを得ない。
「百年前とはいえ、少数精鋭の我が国に滅ぼされる寸前まで追い込まれたというのに、そんなことがあるのでしょうか」
エイミーちゃんも違和感が拭えないようで、眉を下げながら首を傾げている。
可愛い。
「まあ、ブルヘージュの例もあるから一概にないとは言い切れないが……、考えても仕方ない。もし本当に数の力で押し切れると思っているのであればそれはそれでよし。万が一、僕達の想像を超える何かがあるなら、すぐに逃げ出そう。そして、家来衆、カナリア公、アルテミトス侯と合流して対応する。なにも僕らだけで北を攻略する必要はないのだからね」
作戦。
何もなければ家来衆が追いついてくるまでデートを続行。
ヘッセリンクだけで対処できなさそうな事態が発生した場合は、速やかに撤退し、地位の高いおじ様方に丸投げ。
完璧なプランだ。
【くれぐれも撤退判断を誤らないようお願いいたします】
オーライ。
「では、差し当たっては北に向かうということでよいのでしょうか」
エイミーちゃんの言葉に素直に頷きたかったが、そうは問屋が卸さないようで。
僕の視線の先にある屋敷から、数人が馬で向かってくるのが見えた。
「それは先方の対応次第だ。十中八九この地を治める貴族だろうが、ここまで静観しておいて今更何の用があるのか」
「迎撃いたしますか?」
言うが早いか魔力を練り始めるエイミーちゃん。
僕の敵絶対殺すワイフの面目躍如というべき反応速度だ。
「やめておこう。言ったはずだよエイミー。敵であろうと、まずは言葉を尽くすことから始める。それが、レプミア貴族の持つべき品位というものだ」
【散々煽り散らかしたことを言葉を尽くしたと言い切るメンタル。これこそTHEヘッセリンク】
敵と見たら問答無用で殴り掛かるであろうグランパやひいおじいちゃんのほうが、よっぽどTHEヘッセリンクだと思うんだけどなあ。
コマンドと脳内でヘッセリンク論を戦わせることしばし。
屋敷から出てきた数人が僕達の眼前までやってきて、馬を下りた。
「お初にお目にかかる。私はグベリ・リュンガー。国王陛下より、リュンガー伯爵を名乗ることを許されている者だ」
代表して名乗ってくれた男性がこの土地を治める貴族様らしいが、第一印象は、えらく若いな、だった。
多分僕と同じか、少し下じゃないかな?
落ち着いて見えるリュンガー伯とは違い、護衛の皆さんからは緊張が伝わってくる。
「ご丁寧にどうも。私はレックス・ヘッセリンク。あなた方が百年越しにちょっかいをかけてくれたレプミア王国で伯爵などを務めている」
僕の皮肉に護衛の皆さんの表情がわかりやすく歪んだ。
リュンガー伯も苛立たしげに奥歯をギリギリと鳴らしたが、自分を落ち着かせるように一つ深呼吸をして言う。
「そう思われても仕方ないとは理解しているが、奴らと一括りにされてしまうのは甚だ遺憾だ。少なくとも、我々はレプミア進出などという頭のおかしな夢など抱いていない」
「ふむ。それで? リュンガー伯。私に何か御用かな?」
「……まずは、いまだに百年前の夢から冷めずにいるらしい元同胞達を打ち払っていただいたこと、心より感謝いたす」
状況に似合わない軽過ぎる僕の態度に、『思うところがあります』とデカデカと顔に書いてあるにも関わらず、きっちりと頭を下げるリュンガー伯。
こちらの都合で蛮族方を追い散らしただけなのでお礼も感謝もいらないんだけど、せっかく出てきてもらったんだ。
状況のヒアリングといきましょうか。
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