第740話 言葉を尽くす
エスパール伯とダイゼ君の静止を振り切って再びドラゾンに跨った僕達夫婦は、逃げ出した蛮族さん方を追ってアルスヴェル王国に足を踏み入れた。
空中でも足を踏み入れたっていうのかな? なんてどうでもいいことを考えながら空中デートを楽しむこと暫し。
何かに気づいたらしいエイミーちゃんが地上を指差す。
「レックス様。あちらを」
愛妻の示した先にあったのは一目見てそれとわかる貴族の屋敷。
ただ、今は蛮族さん方の拠点といったところか。
屋敷の塀の外側には、大型野外イベントも真っ青な数の人間の姿が見てとれた。
「お屋敷の周りで野営しているのは、敗走した蛮族の皆さんで間違いないかと」
「立て直しを図るつもりなんだろうが、呑気なものだ。追撃の可能性を全く考慮していないとは」
被害を考えれば呑気に炊き出しなんてできる状況じゃないと思うんだけど、そのあたりの大らかさは蛮族さん達の特徴なのかもしれない。
「では、もう一度」
僕の追撃というワードに反応したエイミーちゃんが、魔力を練り始める。
『油断してるみたいだからもう一度食らわせてやろうぜ!』
略して、もう一度、か。
落ち着いて、マイプリティワイフ。
「いや、やめておこう。それよりも、一度蛮族方の話を聞いておきたい。レプミア貴族の品位を落とさないよう、ちゃんと玄関からお邪魔しよう。ドラゾン、降りてくれ」
貴族の基本は会話だ。
レプミア王国の伯爵位をあずかる物として、文化的に言葉を尽くすことから始めよう。
腕力に訴えるのは、その後でも遅くない。
そんな思いから地上に降り、正面から屋敷の玄関に向かった僕達に対して、一部蛮族の皆さんが武器をとって立ち塞がった。
「まあ! 随分な歓迎ですね」
目を丸くするエイミーちゃん。
ぱっと見は武装した男達の姿に怯える女神でしかないが、その両の拳がキツく握り込まれているのを僕は見逃さない。
「エイミー。まだやんちゃはいけないよ? 先程も言ったとおり、僕達の行動如何でレプミア貴族の品位が疑われてしまうからね」
そう言って柔らかな髪を撫でてやると、ほんの少し不満げな顔を見せた後、僕の手に頭をぐりぐりと押し付けてきた。
今日も妻が世界一可愛い件。
【蛮族の皆さんは何を見せられているのでしょうか】
僕達夫婦の仲睦まじい姿に、思わずほっこりしていることだろうさ。
さて、精一杯言葉を尽くそう。
「北の蛮族方! 私はレプミア王国の者だ。此度の侵攻について、責任者と話がしたい!」
腹の底からそう声を張り上げると、先方がより殺気立ち、獲物を構えてじりじりと距離を詰めてくる。
揃いも揃ってそんなに怖い顔をしなくてもいいじゃないか。
「確かに私は先程空から魔法を使って諸君らに被害を与えたが、今は話をしに来ただけだ! 怖がる必要など全くない!」
【煽り入りまーす】
煽ってなんかいないさ兄弟。
言葉を尽くす。
今の僕はそれだけを考えているのだから。
ラスブラン侯の名にかけて、言葉で事を収めてみせる。
そう強い決意で蛮族の皆さんを見つめるが、一向に誰も進み出てこない。
「誰も出てこないとなると、ここに話ができるほどの地位にいる人間はいないということか。それなら、威勢良くやってきた割に情けなく潰走したのも頷けるな!」
「レックス様。責任者がいないのであればここに留まっても仕方ないかと。もう少し北に向かってはいかがでしょうか」
一理ある。
バリューカの時みたいに、拠点になってそうな貴族の屋敷を一つ一つ回れば、いつか指揮官に出会えるだろう。
「そうだな。いや、蛮族方。休憩中に失礼した。追って我が国でも最も手の付けられないおじ様方がここまでやってくるだろう。それまで、くれぐれも身体を休めたほうがいい。これが、あなた方にとって人生最後の休息になるかもしれないのだからな!!」
【どこの悪役かな?】
グハハハハッ!! って笑うとより雰囲気が出るかもね。
ただ、近いうちにカナリア公とアルテミトス侯がここまでやってくるのは間違いない。
蛮族方におかれては、それまでの短い時間を安らかな気持ちで過ごしてほしい。
そんな風に慮ったつもりの僕の言葉を受けて、先方が怒声をあげた。
すごいな。
「あれだけ情けない悲鳴を上げて遁走した直後に、これだけ勇ましい声を上げることができるとは。普通は恥ずかしくてできないぞ」
僕が心から感心して拍手を送ると、エイミーちゃんも同意だとばかりに頷いてみせる。
「もしかすると、羞恥心という概念がないのかもしれませんわね。百年前に散々追い散らされたにも関わらず……ふふっ、意気揚々とやってきたのにまた同じ目に遭っているのですから」
可笑しそうに口元を抑えるエイミーちゃんの挑発ムーブが引き金になったらしく、ここまで威嚇するに留まっていた蛮族方の堪忍袋の緒が切れたようだ。
一部が敵意を漲らせながらこちらに殺到してくる。
あれだけ言葉を尽くしたのに、腕力に訴えてくるなんて悲しいなあ。
「おやおや。エイミーが酷いことを言うから、蛮族方がやる気になってしまったようだよ?」
「まあ、レックス様ったら。でも、先方が腕力に訴えるというなら仕方ありません。カナリア公やアルテミトス侯がいらっしゃる前に、蛮族方にヘッセリンクの名を思い出させて差し上げましょう」
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