第737話 空中の夫婦

 暗闇の中を飛ぶのは危険だろうということで、翌朝太陽が昇るのを待ってドラゾンの背に跨った僕達夫婦。

 眼下に北に向かう街道を見下ろしながら目的地であるエスパール伯爵領とアルスヴェル王国の国境を目指す。


「すごい! 高い! 速い!」


 オーレナングでは遊びでドラゾンに乗ったことはあるけど、本気で飛ぶ彼に乗るのは初めてのエイミーちゃんが僕にしがみつきながらも楽しげに声を上げる。


「楽しむのはいいが、あまり身を乗り出してくれるなよエイミー。万一落ちたりしたら大変だからな」


 落ちたとしても全力で拾いに行くけど、心臓に悪いので可能な限り飛行中は大人しくしておいてほしい。


「ええ。他の家来衆達と違って、私がこの高さから落ちたら無事でいられる自信はありませんので」


「エイミーだけじゃなく、ジャンジャックやオドルスキでもこの高さから落ちたら無事では済まないだろう」


 ……済まないよね?

 自分で言っておいてなんだけど、ジャンジャックとオドルスキならこの高度から落ちても受け身をとって何事もなく走り出しそうだ。

 

「クーデルも一緒に来ればよかったのに。高いところが苦手だなんて意外でした」


「……ああ、そうだな」


 クーデルは、僕達が空を行くのを決めた直後、オーレナングとエスパール伯爵領の中間地点にある街に向けて馬で旅立った。

 北に向かうよう指示を出したメアリ達が補給で寄るであろう大きな街で、そこで三人と合流してエスパール伯爵領を目指すと言っていたが、一日でも早くメアリに会いたいだけなんじゃないかと疑っている。

 あれだけ森のなかで木の上から飛んだりしてるのに、高いところが苦手なわけないんだよなあ。

 そんな風に家来衆を疑っていると、地上から人々のなんとも言えない声が聞こえてくる。


「まあ! レックス様。地上から歓声が上がっていますよ! ふふっ、まるで私達の出陣を祝ってくれているようですね!」


 その声を聞いたエイミーちゃんが嬉しそうに僕にしがみつく腕に力を込めるが、今のは本当に歓声だったんだろうか。

 どう聞いても『ぎゃーっ!?』だった気がするんだけど。

 王様は確かに国都以北にある貴族領に向け、僕が空を飛ぶことについて通達を出すと約束してくれた。

 早いところでは今日の昼頃には、『レックス・ヘッセリンクが空を飛ぶけど余の指示だから気にしないでいいからね! 下手に騒ぐようなら考えがあるぞ♪』という趣旨の通達が届くだろう。

 ただし、もちろん現時点ではどの貴族領にもそのお達しは届いていないわけで。

 

「僕には悲鳴に聞こえたが……。いや、エイミーが歓声だと言うならきっとそうなんだろう。手でも振ってあげてはどうかな?」


「そうしたい気分ですが、あっという間に見えなくなってしまいました。この調子なら、エスパール伯爵領まであっという間でしょう。到着後はどのようにお考えですか?」


 到着後、か。

 現地の状況が落ち着いているようなら、エスパール伯や応援に駆けつけているらしい貴族家当主の皆さんと協議を行ったうえで対応することになるだろう。

 僕達夫婦の出番はない可能性すらあるが、それならそれに越したことはない。

 その場合は、せっかくだから購入したばかりの別荘でバカンスと洒落込もうか。


「もし、現場がバタついていたり、押し込まれていたりする場合。まずは僕とエイミーで場を落ち着かせることに注力することになるだろう」


 落ち着かせる手段?

 もちろん腕力さ。

 王様が僕達夫婦に期待していることは、それ以外ないからね。

 

「南への進出を夢見る蛮族方は、素直に落ち着いてくださるでしょうか」


「夢から覚めてくれるならばそれでよし。覚めないのであれば、そのまま夢の中にいていただくだけさ」


「承知いたしました。ガブリエ達が到着する前に、二人で全て終わらせてしまいましょう」


 エイミーちゃんが、僕の肩に甘えるように顎を乗せながら楽しげに言う。

 空を飛ぶのにもようやく慣れたのか、リラックスしているのが伝わってきた。

 

「わざわざ共喰いしてまで南下してきたんだ。レプミアに勝てると踏んだなにかがあってもおかしくないが……さて」


 蛮族さん側に切り札的な何かがないとはいえない。

 もちろんそんなものはなく、脳筋一辺倒というなら個人的には大歓迎だ。

 シンプルに殴り合うだけで済むからね。


「バリューカのピデルロ伯爵様のように、生身でゴリ丸ちゃんと戦える方がいらっしゃるかもしれませんものね。大丈夫です。もちろん油断などいたしません」


 アラド君か。

 懐かしいなあ。

 ドラゾンに乗って飛んだら、バリューカにも簡単に行けるんじゃないだろうか。

 うん、王子様達のことも気になるし、オーレナングに帰ったら一度様子を見に行こう。


「もしアラド殿のような化け物がいたら、直接僕が出る。そうなったら、その勢いで北の奥深くまで行ってしまうのもいいかもしれないな」


「まあ! 素敵ですね! レックス様と二人きりで外国に行けるなんて! 美味しいものはあるでしょうか」


 急げよ、ジャンジャック。

 来るのが遅いと、僕とエイミーちゃんだけで北にお散歩に行っちゃうよ?

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