第736話 飛ぶぞ

 夜半。

 誰かが僕達家族の眠る部屋の扉を叩いた。

 

「伯爵様。王城から使いの方が。至急取次ぎをと」


 聞こえてきたのはクーデルの声。

 家族を起こさないようそっとベッドから起き出して扉を開けると、メイド服姿のクーデルが頭を下げる。


「この時間の訪問だ。楽しいお誘いなわけがないが、仕方ない。応接に通しておいてくれ。念のために母上にも声掛けを」


「承知いたしました」


 流石に寝巻きじゃ格好がつかないので着替えようかと考えていると、エイミーちゃんも目を覚ましたらしくベッドの上からこちらを見ていた。

 子供達は熟睡。

 姉弟とも一度寝たらちょっとやそっとじゃ起きないのはありがたいことだ。


「王城からのお客様らしい。エイミーも同席してくれ。おそらく、北方面からのお誘いだろう」


 僕の言葉に素早くベッドを降りたエイミーちゃんがクローゼットから着替えを渡してくれたので、二人で最低限人前に出られる身支度をして使者の待つ応接に向かう。

 服の色味が橙と紅なことには、とりあえず目を瞑ることにする。

 

 若い文官のお兄ちゃんがメッセンジャーとしやって来ているんだろうと思ったら、部屋で待っていたのはなんとトミー君だった。

 ママンと談笑していた第一引き抜き候補君は僕に気づくと素早く立ち上がり、深々と頭を下げる。


「ヘッセリンク伯。夜分に失礼いたします。失礼ついでと言ってはなんなのですが、王城まで同行願います」


 わあお、簡潔かつスピーディー。


「わざわざトミー殿が来たところを見ると、これは確定なんだろう。すぐに準備する。妻も同行させるが構わないな?」


「結構です」


 トミー君の同意が得られたのを聞き、エイミーちゃんがクーデルを連れて部屋を出て行く。

 出たり入ったり忙しないけど、きっと遠征の準備を整えてくれるつもりなんだろう。


「母上。もしかすると直接仕事に向かうかもしれません。サクリとマルディのことをお願いします」


「言われるまでもありません。レックス殿は護国卿の名に恥じぬよう、しっかり役割を果たしてきなさい」


「狂人の名の下に、必ずや成果を挙げて参ります」


 そんなこんなでエイミーちゃん達が準備してくれた荷物……といってもオーレナングから持ってきたものを手当たり次第鞄に詰め直したものをコマンドに保管してもらい、トミー君とともに王城へと向かった。

 深夜だというのに、案内されたのは謁見の間。

 そこには、正装の王様と宰相、さらにはよく顔を合わせる文官のお兄さん達が勢揃いしていた。

 皆さん、夜分にご苦労様です。


「すまぬなヘッセリンク伯。奥方も、急な呼び出しに応じてもらい感謝する。と、急を要するので前置きはここまでにさせてもらおう」


 王様が、椅子の肘置きを指でとんとんと叩く、なんともわかりやすい不機嫌さを表すムーブをかましながら言う。


「察するに、北で動きが?」


 王様に視線を向けられた宰相が、僕の推測を肯定するように頷いた。


「蛮族どもがアルスヴェル王国を食い破って我が国に足を踏み入れたようです。現在、エスパール伯爵領軍および周辺の貴族領軍が対応しているとの報告が入りました」


 もう国境越えられてるのか。

 予想よりだいぶ早いな。

 アルスヴェルが予想より弱体化していたのか、そもそも元お仲間とグルだったのか。


「すでにカナリア、アルテミトスの両家に北へ向かうよう早馬を飛ばしておる。蛮族を押し返すには十分な戦力ではあるが……、其方も行ってくれるな?」


 そのおじ様二人がいるなら僕は必要ないんじゃないですかねー? なんて言える雰囲気ではない。

 最高権力者からの行ってくれるな? は行ってこいと同義であり、それに対する答えは、はいかYESと相場が決まっている。


「承りました。すぐに北へ向かいますが、一つお願いがございます」


 僕の言葉を受けた宰相の顔に警戒の色が浮かぶものの、支配者モードに入っている王様は、余裕たっぷりの態度で微笑んですらみせた。


「なんだ、言ってみるがいい」


「蛮族共が既に我が国に踏み入っているということは、少しでも早く到着する必要がございます。もちろんエスパール伯爵領軍は極めて精強であり、北のお客様に負けることなどあり得ないとは思いますが、それでも馬で駆けては時間がかかり過ぎる」


 僕だけなら不眠不休で走ればいいんだろうけど、エイミーちゃんはそうもいかない。

 そうすると、どうしても到着が遅れてしまうし、被害が拡大する可能性もある。

 そこでご提案です。


「つきましては、召喚獣に乗り、空を行く許可をいただきたく」


 ドラゾンの背中に乗って飛べばショートカットにつぐショートカットが可能だし、僕の魔力が続く限りドラゾンは疲れない。

 なら毎回それで移動すればいいんじゃないかと思われそうだが、それをしないのは明確なデメリットがあるからだ。

 ドラゾンがいかに純白の美骨を誇る素敵なフォルムを誇っていても、一般的には魔獣であることに間違いはなく、真昼間から青空を駆けていたら、市民の皆さんにいらない恐怖と混乱を撒き散らす可能性がある。

 白昼の空に狂人×魔獣。

 各所からの呼び出しは避けられない。

 そう考えてのお伺いだったんだけど、王様はやはり王様だった。

 軽く肩をすくめると、微笑みを獰猛な笑みに変えて言う。


「なんだ。改まって願いなどというから構えていたらそんなことか。宰相。国都から北にある全貴族領に通達。狂人が飛ぶが気にするな、とな」


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