第735話 風雲急を告げる ※主人公視点外

「おいメディラ! 食堂で走り回んな! シャビエル! 姉ちゃん捕まえとけ!」


 なんつうか、クーデルが国都に行ってから、毎日双子と追いかけっこしかしてねえ気がする。

 子供ってこんなに落ち着きなかったか?

 俺やクーデルがガキの頃なんて、決まった時間に起きて、決まった時間に飯食って、決まった時間に訓練して、決まった時間に寝るっつう、ある意味規則正しい生活だったから、自分の子供が自由過ぎて頭おかしくなりそうだよ。

 しかも、俺自身親父がいなかったからどう振る舞えばいいかいまいちわかんねえし。

 周りを参考にしようにも兄貴とフィルミーの兄ちゃんだからなあ。

 二人が両極端過ぎてそれはそれでどうすりゃいいかわかんねえ。

 

「はっはあ! ほら、目を離すと子供はあっという間にどこかにいっちゃうぞメアリ。頑張れ頑張れ」


 食堂のなかを元気に走り回る双子とテーブルに突っ伏す俺を見て、マハダビキアのおっさんが手を叩きながら囃し立てる。


「他人事かよ! くそっ、ガキの時点でこんだけすばしっこいなら将来が楽しみってもんだ」


 正直、今の時点で身のこなしは満点だ。

 こないだなんか屋敷の外壁よじ登ったかと思ったら、降りられなくなって二人して泣いてやがったからな。

 そのままやんちゃの反省させようかと思ってたら、過保護な鏖殺将軍がすーぐ助けてやがんの。

 甘やかすなっつうのに。

 そんなことを考えてると、シャビエルを振り切ったメディラが俺に突撃してきて、髪をぐいぐい引っ張り始めた。


「髪をつーかーむーな!」


 大した力じゃねえから言うほど痛くはねえが、ちっとばかしやんちゃが過ぎる。

 たまには軽く拳骨でも落としてやろうかと拳を握ったその時。


「おやおや、大変そうだねメアリ。仕方ない。加勢してあげようか」


 軽い調子で食堂に入ってきたのはガブリエの姉ちゃん。

 パンパンッと手を叩いて子供達の注意を引きつけると、どこからともなく花束を取り出してみせる。

 双子は大興奮だ。


「ほら、メディラ、シャビエル、こっちにおいで。いい子達には、もっと素敵な手品を見せてあげようじゃないか」


 もっと素敵な手品なんて聞かされた双子が大喜びで化粧してねえ道化師に駆け寄ると、『後は任せな』と言うように片目を瞑ったガブリエの姉ちゃんが双子を連れて食堂を出て行った。

 

「助かった……。まったく、クーデルのいねえ間に髪バッサリ切っとくかな。万が一同時に髪にぶら下がれたら首やっちまうぜ」


 もう女装する機会もそうねえだろうし、そもそも筋肉付けちまったから女で通すのも無理があるからな。

 いっそのことばっさりいくか? なんて真剣に検討する俺に、マハダビキアのおっさんが半笑いで言う。

 

「おじさん止めはしないけど、それはそれで大変なことになるんじゃかいか? クーデルはお前さんの髪が大層お気に入りだからね」


 あいつが帰ってきて俺が髪切ってるのを見たらどんな反応をするか。

 んー、よし。

 決めた。


「余計なことはしないでおく」


「それがいい。しかし、我が家も子供が増えたもんだな。お嬢に若、アドリア、メディラにシャビエル。で、近いうちにオドルスキとアリスの子だ。ちょっと前までみんなしてユミカを可愛がってたのになあ。そりゃあ歳も取るか」


 無精髭の生えた顎を撫でながらおっさんが、まんまおっさん臭えセリフを呟く。

 だけど、それをそのまま肯定しきれねえのがうちのおっさん達だ。

 

「見た目一切変わんねえくせによく言うぜ。なんでうちのおっさん達は歳とるの忘れちまうんだろうな」


 特に爺さんとこのおっさんは、この家に忍び込んでとっ捕まった時から、ほとんど見た目が変わってねえ。


「バカなこというんじゃないよ。少なくともおじさんはしっかり歳とってるって。腰は痛いし、肩は痛いし。いつまでも若くはいられないって痛感してるところさ」


 そう言いながら大袈裟に腰や肩をさすってみせるおっさん。

 ずっとこんな軽い調子だからどこまでほんとかわかんねえけど、普段がどんだけ軽くても料理の腕が世界最高峰なのは間違いねえ。

 

 せっかく食堂に俺とおっさんの二人だけだから、聞きたかったことを聞いてみる。


「ザロッタは、迷惑かけてねえかい?」


 ザロッタは古巣の後輩だ。

 可愛いとは思ってるし、やりてえことがあるなら全力で応援してやるつもりだが、だからこそ半端な真似は許さねえ。 

 そんな俺の問い掛けにほんの少しだけ目を丸くしたおっさんだったけど、すぐに心配するなというように首を横に振った。

 

「迷惑なんてとんでもない。真面目で好奇心旺盛で刃物の扱いが上手い。それに、なんたって度胸がある。料理人になるために行動できたようにね。控えめに言っても優秀な弟子だよ」


 よかった。

 それならいいんだ。

 

「おじさんもさ。経験者はイヤだ! とか言わずにもう少し柔軟に弟子候補を受け入れてもいいかなって思ってるわけ。なんたって、ヘッセリンクはこれからも続いてくからね」


「じゃあ、どこか適当なところから引っ張ってこなきゃな」


 国都の屋敷から引っ張るのが手っ取り早いけど、どこかの貴族から引き抜くのもありだよなあ。

 兄貴に進言してみるか。

 その後もおっさんが入れてくれた茶を飲みながら取り止めのない話をしていると、癖っ毛眼鏡の親友が食堂に入ってきた。


「伯爵様から早馬が着きました。お師匠様が急ぎで内容を確認されていますが、全員食堂で待機しておくようにと」


 兄貴からの早馬、ねえ。


「おっさん、なんだと思う?」


「んー。あれじゃない? 奥様の食欲で国都中の食材が空っぽになりそうだから急いで送ってくれ、とか」


 それなら全員集合させたりしねえとは思うけど、兄貴のエイミーの姉ちゃんへの溺愛っぷりを考えたら、有り得ねえとは言えねえんだよなあ。

 そうこうするうちに家来衆が全員集まり、最後にハメス爺がやってきた。

 険しい顔してるとこ見ると、食糧云々の話じゃねえみたいだな。


「全員揃っていますね? 時間が惜しいので結論から言います。北の痴れ者達がアルスヴェル王国を抜けてエスパール伯爵領へ侵攻したようです。伯爵様は、奥様と共に先行。ついては、ジャンジャックさん、ガブリエさん、メアリさん。伯爵様からご指名です。速やかに準備を整え、北に向かってください」




 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る