第733話 朗報

 国都勤務の第一陣であるフィルミーとステムがオーレナングに帰る日がやってきた。

 前日は豪華な食事を出したり、ちょっと度数の高い酒を出すなどして、二人の帰路の無事を祈る簡単な宴で盛り上がったんだけど、今は若干湿っぽい雰囲気が流れている。

 

「じゃあ、姫様。私はオーレナングに戻るけど、どうかお元気で。ちゃんと大奥様と奥様の言うことを聞いて。お父上の言うことを聞くかどうかは、都度慎重に判断してほしい」


 幼児に難易度の高いミッションを課すんじゃないよ、というツッコミをぐっと飲み込んだのは、愛娘であるサクリがステムにしがみついてしくしくと泣いているから。

 世界で一番自分を甘やかしてくれるステムが帰ってしまうのが寂しいのか、朝からずっとグズっている。


「娘がごめんなさいね、ステム」


 エイミーちゃんが娘の頭を撫でながら困り顔で謝罪すると、サクリにしがみつかれたステムがぶんぶんと首を振る。


「とんでもない! 姫様がこんなに私との別れを惜しんでくれるなんて感無量。第三陣が送られる時期になったら必ず手を挙げて戻ってくる」


「それだと二回に一回は国都に来ることになるぞ? まあ、家来衆達の間で調整がつくなら僕から言うことでもないが」


 ステムの熱量を考慮すればみんなも譲ってくれるとは思うけど、小さな召喚士の疲労などを考慮すれば短期間で往復させるのも憚られる。

 じゃあ常駐するか? とも聞いたけど、それをするとリセが拗ねるらしい。

 モテモテだな。

 オーレナングに来た頃の傍若無人な君はもういないんだね。


「ほら、サクリ。ステムが困っているでしょう? こちらにいらっしゃい」


 出発の時間もあるのでエイミーちゃんがやんわり引き剥がそうとするが、サクリは小さな手でステムのマントを握り締めて離さない。


「や! ねえステム、帰らないよね? 僕と一緒にいてくれるよね?」


 もちろんエイミーちゃんが本気を出せば一瞬で引き剥がせるんだけど、娘の可愛いワガママにどうしようかとこちらを見てくる。

 仕方ない。

 ここはパパの出番かと前に出ようとすると、そんな僕を追い越して小さな影がサクリに駆け寄った。

 長男、マルディだ。

 ステムにしがみついて泣く姉にとてとてと近づくと、その背中をポンポンと叩いて言う。


「あねうえ。すてむを困らせちゃ、だめです」


 ……息子よ。

 きみ、人生は何回目だい?

 思わずそう聞きたくなったが、大人びた言葉を直接投げかけられたサクリも驚きに顔を上げ、弟を凝視している。

 そして、何度かステムとマルディの間で視線を往復させたあと、もう一度ステムにしがみついた。


「ステム、帰っても絶対またすぐ来てくれるよね? 約束してくれる?」


「もちろん約束する」


 サクリが差し出した小指にステムが同じ指を絡めると、鼻をグスグス言わせながら歌い出す愛娘。


「ゆーびきーりげーんまーん、うーそつーいたーらもーりのーおくーでしーーばく」


 ……ユミカにしか教えてない僕の悪ふざけが子供達の間に広まっているのは知っていたが、まさかこの場面で娘の口から聞くことになるとは。


「これで約束を破ったらピーちゃんに森の奥に飛ばされた挙句頭から齧られることが決定した。これを話せばみんな私が国都に行くことを許してくれるはず」


【しばかれる内容がリアル】


「命懸けで国都行きを志願すればそれはそうなるだろう。サクリ。ステムがまた国都に来れるようジャンジャックに手紙を出しておくから心配するな」


 見せ場を息子に持っていかれたので、パパの存在感を発揮するために権力を振るうことにしました。

 すると、それが正しかったとすぐに証明される。


「本当!? ありがとう父上! 大好き!」


 満面の笑みで僕の腕にしがみついてくるサクリについつい頬が緩む。

 

「レックス殿。家来衆の前であまり締まりのない顔をしない」


 ママンに指摘されるまでもなく、顔面が溶けていることくらい自覚しています。


【頬が緩むどころの話じゃなかった!?】


 だって、娘可愛いし。

 大好きだなんて言われたら、ねえ?

 顔面が溶けたままの僕を見て呆れたようにため息をついたママンが、何かを思い出したようにステムに声をかける。


「そうそう、ステム。頼まれていたフリーマ医師ですが、オーレナングに発てるよう準備済みだと連絡がありました」


「ありがとう、大奥様。これで安心して出産に臨める」


 フリーマ?

 出産? 

 え、誰が?


「ステム。一体何の話だ?」


 流石に顔面を通常モードに戻して尋ねると、ステムが首を傾げる。


「? アリスさん。エスパールから帰って来る頃から体調を崩してて、もしかしたらって。アデルさんの見立てでは間違いないっていうことだったから、大奥様にお願いしてフリーマ先生を連れて帰ることにした」


「聞いてない!!」


「それはそう。言ってないから」


 僕の絶叫など聞こえなかったかのように、一切の焦りを見せずにそう言い切るステム。

 いや、わかる。

 わかるよ。


「大方、それを僕が知ったらアリスを労うためにオーレナングに戻ると言いかねないと危惧したんだろう? お前達家来衆の秘密主義に言いたいことは山程あるが、今回はめでたいことだから煩くは言わないでおく」


 僕だって今回は戦が絡んでるんだし、そんなこと言わないのにさ。

 いや、国都とオーレナングなら寝ずに全力で馬を走らせれば数日で着く距離だから、ちょっと行ってアリスに頑張れ! って言って戻ってくるだけならそこまで時間はかからないんだけどね?


【家来衆の秘密主義に拍手を】


「フリーマ医師にはくれぐれもよろしく伝えてくれ。そうかあ、あの二人に子供が。ということは、ユミカが姉になるのか」


 そんな風に感慨に浸っていると、フィルミーが真面目な顔で頭を下げてくる。

 

「伯爵様。そういう事情ですので、どうかオドルスキ殿の国都勤務を免除いただけないでしょうか」


「許す。むしろあの堅物聖騎士が国都行きに手を挙げたなら、お前とジャンジャックの土石牢でオーレナングに縛り付けておけ」



……

………

『読者さまへのお知らせ』

近況ノートにおまけを投稿しておりますので、よろしければそちらもご覧ください( ͡° ͜ʖ ͡°)

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