第732話 歴史書
悲報。
レックス・ヘッセリンク、曲者具合がジャンジャックと同等と評価される。
これはショックが大き過ぎてちょっとやそっとじゃ立ち直れそうにないな。
この悲しみから立ち直るためには、そう。
「宰相。トミー殿の発言にひどく傷ついたので、詫びがわりにオーレナングで働いてもらおうかと思うのですが、連れて帰ってよろしいですか?」
やっぱり人材の引き抜きしかないよね!
前々から口説きに口説いてるのにまったく靡く気配がないこのトミー君。
仕方ないからこの機会に多少強引にでも連れて帰ろう。
【王城で人攫い宣言は史上初の快挙】
つまりその分野におけるパイオニア、か。
悪くない。
【開拓しないでくださいそんな分野】
コマンドのそんな声に被せるよう、宰相も眉間に皺を寄せながら言う。
「いいわけがないでしょう。そもそも、傷ついた者がそのようにニコニコしながら引き抜きなど画策しないでしょう。申し訳ないが、ヘッセリンク伯がその程度で傷ついてくださるほど可愛い相手ではないことくらい、理解しております」
あれ、笑ってた?
降って湧いたようなトミー君引き抜きのチャンスに頬が緩んじゃったか。
油断はよろしくないね。
「そうですか、残念です。では、トミー殿を口説くのはまた次の機会にするとして。今後のお話ということでしたね」
僕が表情筋を引き締めて居住まいを正すと、宰相の視線を受けたトミー君がいそいそと机の上に書類を広げる。
「まず、アルスヴェル王国で戦が起きているというエスパール伯爵領からもたらされたこの情報に間違いはないようです」
そう言いながらトミー君が渡してきた書類の束には、エスパール伯の家来衆が集めた情報と、王城側が集めた情報が要約されていた。
戦を仕掛けたのは、アルスヴェル王国よりさらに北に位置する国。
アルスヴェルとは元々蛮族仲間で、昔は一緒にレプミアに攻めてきていた仲らしいけど、そこがこっそり周りの国々を抱き込んで突然襲いかかったそうな。
「なるほど。元同胞達による共喰いですか。目的は……夢のレプミア進出。百年越しとは、蛮族方もなんとも諦めの悪いことだ」
アルスヴェルはレプミアと良好な関係を築いているし、元々最も蛮族レベルの高い国だったらしい。
攻め入った国は、アルスヴェルを仲間に引き入れるよりこの機会に潰してしまった方がいいと判断したんだろう。
「我が国は過去、アルスヴェルを含む北の小国群を滅ぼす寸前まで追い込んだ歴史もあるのですが、そのことを忘れたのか、忘れられず恨みに思っているのか」
喉元過ぎれば、ね。
東のお隣さんもそのパターンだったんだから、ないとは言い切れないだろう。
「なんにせよ、北のお隣さんが蛮族方を食い止めてくれればそれでよし。もしそれが叶わず敵が南下してくるようであれば」
僕が敢えてそこで言葉を切って視線を向けると、言い淀む様子など一切見せることなく、我が国の最高権力者がニッコリと微笑んだ。
「その場合は、ヘッセリンク伯。其方にも動いてもらうことになる。なぜと言って、北に恐怖を刻むのはヘッセリンクの仕事と相場が決まっているからな」
やだ、怖い。
我が家は他所の国に恐怖を刻む機能なんか搭載してないんだけどなあ。
【ブルヘージュ、バリューカ、ジャルティク。これらに聞き覚えは?】
愛すべき隣人方ですけど?
「知っているだろうが、最後に我が国と北の国々が矛を交えた時。エスパール伯爵領軍とともに先頭に立ったのは、当時のヘッセリンク伯爵、『聖者』ルクタス・ヘッセリンク。そしてその息子、『毒蜘蛛』ジダ・ヘッセリンク」
「聞いたことのある名前ですな」
ひいおじいちゃんが北で大暴れしたような話は、グランパあたりから聞いた気がするけど、まだ当主に就任してない若い頃の話だったのか。
「特に毒蜘蛛は単独で北の奥深くまで攻め入り、蛮族達に南下を諦めるに足る恐怖を刻み込んだらしい。そのあたりは其方の方が詳しいのではないか?」
歴史書にちゃんと書いてあるだろう? と言いたげな王様だけど、我が家の歴史書といえば歴代当主達と魔獣との闘争を描いたファンタジー小説だ。
【ただしノンフィクション】
「曽祖父的には大したことじゃないと思ったのか、それとも自分で為したことが酷すぎたのか。歴史書にはそのあたりの記述がほとんどされていません。まあ、それがなくてもどこかで殴り合っていることしか書かれていませんが、いや。これがまた面白いのです」
毒蜘蛛さんの歴史書には、おまけ的に色んな貴族領軍と喧嘩をした記録が残っている。
ゲルマニス、カナリア、アルテミトスと錚々たる面子とやりあってて読み応えがあるので、暇な時に読むのにちょうどいいんだよね。
父祖の歴史書を面白いと評したことに呆れたのか、王様が肩をすくめる。
「其方の子供達も、歴史書に載せる内容の取捨選択に困ることだろうな」
「最愛の妻と仲睦まじく平和に暮らしていた事実さえ記してくれたなら、あとは好きにしなさいと伝えておきます」
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