第731話 爽やかコンビで登城

 王様から、今後の詳しい話をしたいからちょっと顔を出せと指示が届いた。

 あまりに暇で、エイミーちゃんとともにメイドさんに混ざって屋敷の掃除などしようとエプロンを装備したところをママンに見つかり、大人しくしておけと二人して叱られた直後だったので、フィルミーを伴ってお城に向かう。

 エイミーちゃんはママンとお出かけするそうだ。

 護衛を務めるステムには、何かあれば躊躇せずボークンを喚ぶよう伝えておいた。


 久しぶり、というわけでもないお城のエントランスに入ると、一斉に敬礼して迎えてくれる王城勤務の衛兵の皆さん。

 期待に応えて護国卿ムーブで手など振りつつ歩を進めると、ひそひそと話す声が聞こえてくる。

 

「おい、ヘッセリンク伯が連れているあの男……」


「ああ、俺は初めて見るが……『竜狩り』フィルミーで間違い無いだろうな」


「平民ながら貴族令嬢を娶るために自ら貴族に成り上がったという、あの? 意外と爽やかな人物なのですね」


「爽やかな見た目に騙されるな。もう一つの逸話を知っているだろう? そうだ。まさにこの場所でエスパール伯爵様を殴り倒した事件だ」


「『髭狩り」のフィルミーか……。護国卿様と並ぶと、また迫力が違うな」


 髭狩りとかなんとか聞こえた気がしたけど、竜狩りの気のせいだろう。

 ドラゴンスレイヤーにして鏖殺将軍の弟子、貴族令嬢を手に入れるために平民から成り上がった男など、属性だけならヘッセリンクでもトップクラスだ。


「フィルミー。だいぶ見られているぞ。有名人は辛いな」


 視線を向けると衛兵諸君に気を使わせてしまうので、前を向いたままフィルミーに声を掛けると、本人も見られている自覚があるらしく、ため息をつかんばかりのテンションで呟きを返してきた。

 

「見られているのは伯爵様です、と言いたいところですが、残念ながら私に向けられている視線も少なくないようですね。過去の行いを後悔はしていませんが、反省せざるを得ません」


「個人的には一切後悔も反省もする必要はないと思うが、一貴族の家来衆が大貴族を殴り倒した前代未聞の事件だからな。それは語り草だろう」


 そう考えると、ある意味ジャンジャック、オドルスキと並ぶ有名人だ。

 いや、一部界隈だけなら師匠を凌ぐ知名度を誇っているかもしれないな。

 衛兵達からの好奇の視線を受けつつ案内の若い文官について王様の待つ部屋に向かう。

 通されたのは公式行事で使われる謁見の間ではなく私的な客を招くための部屋で、中には王様と宰相、そしてトミー君の三人が待っていた。

 促されて僕がソファーに座ると、王様が口を開く。


「突然呼び出してすまないな、ヘッセリンク伯」

 

「何を仰いますやら。陛下からのお声掛けには即応するのが貴族の義務でございます。今は国都にいるのですから、即日馳せ参じるのは当然」


 貴族社会はゴリゴリの縦社会だ。

 最高権力者からおいでって言われたら、何をおいてもダッシュで向かうのが常識ですよ。

 もちろんエプロン付けて掃除に加わろうとするほど暇だったのも事実だけどね。


「どこまで本気かはさておいて。久しいな、ヘッセリンク伯爵家家来衆フィルミー。余がオーレナングを訪ねて以来か?」


「はっ。陛下におかれましては益々ご健勝の様子。臣として心より嬉しく思います」


 僕の後ろに立つフィルミーが、王様の声掛けに、一切嫌味を感じさせない低く豊かな声で爽やかに返答する。

 爽やかさという点で言えば我が家で僕と双璧なだけはあるね。

 王様もフィルミーの態度を好ましく感じたのか笑みを浮かべたあと、わざとらしく眉を下げて困った表情を作ってみせる。


「主の無軌道な動きに心休まる時間も少ないだろう。今回も下手をしたら忙しく働いてもらうことになる。すまないが、ヘッセリンク伯を頼むぞ?」


「勿体無いお言葉。ただ、ご安心ください。我々ヘッセリンク伯爵家家来衆は全員、よほどのことではない限り主の行動に驚かない程度には耐性がございます」


 北の国の戦に巻き込まれる可能性があると聞いても想定内で済ませたみんなは、まさにヘッセリンク耐性◯だろう。

 

「頼もしい限りだ。そう思わないか、ヘッセリンク伯」


 フィルミーの言葉に深く頷きながら王様が言う。

 確かに僕のすることにいちいち過剰反応せず粛々と対応してくれるのは頼もしいんだけど。

 それはそれで『はいはい。またトラブルなのねー。OKOK。慣れてるんで問題ないですよー』と言われているみたいで思うところがなくはない。


「最近家来衆全員が我が家に順応しすぎていてそれはそれで不安になっているところです。特にこのフィルミーは出会った頃は頼れる常識人だったのですが、師匠であるジャンジャックに毒されたのかどんどん我が家側に寄ってきていますので」


 困った師弟です、と肩をすくめると、王様と宰相が不思議そうに顔を見合わせ、二人してトミー君に視線を移す。

 上司二人から意味ありげな視線を送られたトミー君は嫌な顔を一ミリたりとも隠そうとせず、一つ咳払いをして口を開いた。


「人ごとのように仰いますが、オーレナングは鏖殺将軍とヘッセリンク伯というレプミア屈指の曲者が揃う厳しい環境です。そこに住まう家来衆の皆さんが、お二人に染まらない方が嘘かと」


 

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