第730話 安心
先発として、オーレナングからフィルミーとステムがやってきた。
ステムはほぼ予想どおりだけど、我が家の誇る爽やか騎士爵殿が来てくれたのは助かる。
ヘッセリンク基準では常識人に数えられる家来衆だから、国都で立ち回るにはうってつけだろう。
まあ、国都、というか王城との相性の悪さは心配だけど、目を瞑れる程度の不安だ。
「ステム!」
屋敷の自室でエイミーちゃんとともに二人を労っていると、大好きなステムがやってきたと聞いて我慢できなかったらしいサクリが駆け込んできた。
その後ろには、姉を追ってきたのかよちよちと歩いてくるマルディの姿もある。
名前を呼ばれたステムは頬を緩めながら床に膝をついて待ち構え、走ってきたサクリを抱きしめる。
「姫様、久しぶり。少し大きくなった?」
ステムの言葉を聞いて、娘が嬉しそうに頷きながら言う。
「うん! あのね、聞いてステム。僕、ヘッセリンク伯爵になるよ! だから、ステムは僕の右腕!」
その宣言に目を丸くしながらこちらを見てくるフィルミーとステム。
もちろん正式決定なんかしていないので首を横に振る。
いくら僕でも幼児のうちから子供を後継者に指名したりしないことくらい、信用してほしいものだ。
「姫様の右腕になれるのは嬉しいけど、伯爵様になりたいならお父上に認められるよう頑張らないといけない。エリクスから本を預かってきているから、今日から早速お勉強しよう」
ステムがそう言うと、それまでニッコニコだったサクリの顔が一瞬で曇り、いやいやと首を振りながら小さな召喚士にしがみついた。
「お勉強、やだ」
我が娘ながらキュートなムーブにニヤニヤしつつ、たまにはパパらしい一面を見せるべくサクリの頭を撫でくりする。
「サクリ。ワガママはいけないな。次のヘッセリンク伯爵になりたいなら、ステムの言うとおり勉強も頑張らないといけないぞ?」
そんな僕のパパンムーブを受けて、ステムに抱きついたまま首を傾げるサクリ。
「お父様も、お勉強頑張った?」
「ああ、もちろんだとも」
愛娘からのカウンターに反射で回答してしまったけど……、勉強頑張ってたよね?
【幼い頃はお嬢様同様勉強嫌いでいらっしゃいました。しかし、ある日ジャンジャックから掛けられた、『部下を殺すのは頭の悪い上官だ』という言葉がよほど響いたのか、苦手なりにも勉強を頑張っていらっしゃいましたね】
OK。
ジャンジャックがなんでそんな厳つい言葉を幼いレックス・ヘッセリンクに送ったのかは疑問だけど、娘に胸を張れる程度には頑張っていたなら問題ない。
僕の自信ありげな態度を見たサクリは腕組みしながらうーんと考え込んだ後、閃いた! とばかりに満面の浮かべる。
「じゃあ、僕は森でまじゅうのとーばつを頑張る! その代わり、お勉強はマルディが頑張る! それで、マルディを右腕にする!」
これはひどい。
なんと、弟に丸投げしてみせました。
くっ、流石はヘッセリンク。
丸投げするのに躊躇いがない。
マルディに視線をやると、何のことだかよくわかっていないだろうにうんうんと頷いていた。
姉を全肯定する弟。
この歳からシスコンの気配が見え隠れしているとは、困ったものだ。
「姫様、私が右腕じゃなかったの?」
胸を張って弟を右腕指名したサクリに対して、ステムが悲しげに眉を下げながら言うと、慌てたように手を振る自称次期ヘッセリンク伯爵。
「あ、違う、違うよ? あのね? えーっと。二人とも右腕!!」
やだ、欲張りさん。
もちろんステムは本当に悲しんでなどおらず、サクリの回答を聞いて笑いを噛み殺している。
「あまり娘をいじめてくれるなよ、ステム」
「可愛くってつい。ああ、久しぶりの姫様も神々しい。これだけで国都に来た甲斐がある」
娘を心から愛してくれているのがわかっているので狂信っぷりにも目を瞑っているけど、本人の前で拝むのは禁止させてもらおう。
「しかし、お前達には苦労をかけるな。また厄介ごとに巻き込まれてしまった。まったく儘ならないものだ」
僕のため息混じりの言葉に、フィルミーが気にするなとばかりに首を振った。
「お気になさらず。今回起きた話を聞いても、オーレナングではなるほどそう来たか、程度の反応しか起きておりません。どうかご安心を」
「安心とはなんだろうな」
他国の戦の動向に備えて待機命令が出たのに、非戦闘員まで含めて想定内想定内、みたいなリアクションってことでしょ?
「安心とは何かと問われると、強いて言えば信頼感でしょうか。伯爵様が外に出て何も起きないわけもないという信頼と、多少のことではヘッセリンク伯爵家は小揺るぎもしないという信頼です」
後者はともかく前者については遺憾の意を表明したい。
例えそれが事実であってもそんな信頼いりませんよ?
そんな思いが顔に出たのか、フィルミーが誤魔化すように今日一番の爽やかな笑みを浮かべる。
「とりあえず、当面は私とステムが護衛を務めさせていただきますので、よろしくお願いいたします」
追及は野暮か。
また夜にでも僕の印象についてのヒアリングを行うことにして、今は遠路遥々やってきてくれた家来衆を労おう。
「ああ。こちらには戦闘員を置いていないからな。家来衆達もお前とステムがいてくれるのは心強いだろう。心配があるとすれば、お前が貴族を殴り倒さないかくらいかな?」
なーんてね!
そんな僕の冗談にエイミーちゃんがコロコロと楽しげに笑う。
最近では一番のヒットの手応えとともに家来衆を見ると、ステムはなぜか薄らと笑い、いじられた当の本人も皮肉めいた微笑みを浮かべて、言う。
「師匠には、それをやるなら今度こそ一撃で仕留めてこいと指示を受けておりますので、ご安心を」
「改めて聞こう。安心とはなんだ?」
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