第729話 第一陣は誰だ ※主人公視点外


 エスパール伯爵領に行っていた皆さんが、無事帰ってきた。

 ジャンジャックさんだけでなく、オドルスキさんやメアリさんもいるので心配はしていなかったけど、お世話になっている皆さんが元気な姿で戻って来てくれたのはとても嬉しい。

 マハダビキアさんもビーダーおじさんも今日は宴会だと張り切っていたけど、気になることが一つ。

 帰ってきたなかに、伯爵様ご家族の姿がなかったこと。

 どうしてだろうと不思議に思っていると、ジャンジャックさんから招集が掛けられた。

 戦闘員だけでなく、僕達料理人まで全員。

 嫌な予感に心臓の音が大きくなるのを感じながら集合場所に指定された食堂で待っていると、続々と人が集まってくる。

 最後にやってきたジャンジャックさんは室内を見回して全員いることを確認すると、口を開いた。


「皆さんお揃いですね。では、ヘッセリンク伯爵家家来衆会議を始めることにしましょう。議題は、誰が国都に向かうか、です」


 伯爵様がいらっしゃらない理由は、エスパール伯爵領のさらに北にある国で起きた戦に対応するためだそうだ。

 そのため、状況が落ち着くまで国都に留まるらしく、家来衆が順繰りにオーレナングと国都を行ったり来たりするように調整するんだとか。

 それを踏まえ、第一陣として誰が国都に向かうかを決めようということらしい。

 

「ジャンジャックさん」


「はい、どうぞステムさん」


 先陣を切ってすっと真っ直ぐに手を挙げたのはステムさん。

 まあ、わかる。

 お嬢様が国都にいるんだから、ステムさんが手を挙げないわけがない。

 

「私が国都に向かう。姫様が国都にいる間、ずっとあちらで護衛を務めてもいい。先輩達が行ったり来たりする必要はない」


 普段はどちらかというと落ち着いているというか、緩んだ雰囲気のステムさんが、瞳に光を灯して力強くそう宣言した。


「なるほど。ステムさんを国都に送ることについて異存がある方は?」


 もちろん誰からも反対の声は上がらない。

 お嬢様あるところにステムさんあり。

 それは、オーレナングで常識になりつつある。

 そう考えていると、僕の隣に座るリセだけが、家来衆のなかで唯一面白くなさそうな顔をしていることに気づいた。


「どうしたの? リセ。なんだか複雑そうな顔してるけど。意見があるなら言ったほうがいいよ?」


 そう促すと、リセが頬を膨らませてぷいっと顔を逸らしながら言う。

 

「ザロ、いいから。放っておいて」


 放っておけって言われても。

 わかりやすく機嫌が悪いのに放っておくことなんてできない。

 あとで宥めるのが大変なんだから。

 さてどうやって何を考えてるか話してもらおうかと思っていると、僕達のやりとりが聞こえたらしいジャンジャックさんが優しく笑いながらこう言った。

 

「リセさん。意見を言わずに後で後悔することはよろしくない。それが若いうちならなおさらです。叱ったりしないので言ってごらんなさい」


 僕だけなら突っぱねられたリセも、家来衆筆頭であるジャンジャックさんに促されたらそうもいかない。

 何度か口を開けたり閉じたりしたあと、顔を伏せ、消え入りそうな声で言った。


「……ステムお姉ちゃんがずっと国都に行っちゃうの、寂しいなって」


 リセは寂しがり屋だし、ステムさんをお姉ちゃんと呼んで慕っているからわからなくもないんだけど。

 食堂が静まり返った後、先輩達から暖かい視線がリセに注がれる。

 

「ほら! こんな空気になるでしょ!? ザロのせいだよ!!」


 怒ってるリセも可愛いなあ。

 本気で首を絞めようとしてくるリセを全力でいなしながらも頬が緩むのを感じていると、ステムさんがリセを後ろから抱きしめて引き剥がしながら言う。


「ジャンジャックさん。ごめん。前言撤回。最初に国都に行く権利は譲れないけど、ちゃんと交代してオーレナングには帰ってくる」


 その言葉を聞いてリセの表情がぱあっ! と明るくなった。

 この素直さが、この可愛い幼馴染のいいところだと思う。

 

「そうですか。まあ、元々常駐など認めるつもりはありませんでしたがね。では、第一陣はステムさんと、他にはいかがですか?」


 手を挙げてもいいのかな。

 国都の料理人の皆さんのもとでまた勉強させてもらいたい気持ちはあるんだけど。

 いや、今回は護衛を選ぶ会議だし。

 そんなふうに考えが行ったり来たりしているうちに、立候補の声が上がる。


「では、私も行くことにしましょう。国都での護衛なら、私のような普通の戦闘員のほうが都合がいいでしょうし」


 フィルミーさんがそう言うと、メアリさんが真剣な顔でその肩を叩いた。


「他所の貴族殴るんじゃねえぞ、フィルミーの兄ちゃん」


「気をつけておこう」


 昔、王城でエスパール伯爵様を殴り倒したことがあるというのは有名な話だ。

 普段穏やかなフィルミーさんがまさかそんなことするわけがないと思っていたんだけど、本人が爽やかに肯定してくれたので本当らしい。

 

「フィルミーさん。もしそれをするなら、一撃で仕留めるつもりでやりなさい。私の弟子が半端は許しません」


 助言は本当にそれであっていますか? と聞きたくなるのをぐっとこらえる。

 僕なんかが口を挟んでいい場面じゃないし、ジャンジャックさんとフィルミーさんの間でしかわからない何かが含まれたやりとりの可能性もあるから。


「話が逸れましたね。二、三人と思っていますが、ステムさん、フィルミーさんの他に立候補はありますか?」


 ジャンジャックさんの言葉に反応する先輩は誰もいなかった。


「では、お二人に任せましょう。準備が出来次第出発をお願いします。レックス様と奥様がいらっしゃる以上ご家族が他者に害されることなど万一にもありませんが、護衛もいないようでは格好がつきませんからね」


「承知。私はすぐにでも出発できる。フィルミーさんは?」


 今すぐにでも駆け出す気配のステムさんだったけど、フィルミーさんが苦笑いを浮かべながら宥める。


「落ち着けステム。国都に向かうのに着の身着のままというわけにはいかないだろう。しかも、何かあれば伯爵様とともに北に向かわないといけないかもしれないんだ」


「む。それは確かに。リセ、おいで。準備を手伝って」


「うん! わかった」


 ステムさんに手招きされたリセが嬉しそうに駆け寄り、腕を組んで部屋を出ていった。

 その姿を微笑みながら見送ったフィルミーさんも、奥様であるイリナさんを促して立ち上がる。

 

「では、私も準備を行います。遅くとも二日後には出発できるよう整えますので、後をよろしくお願いします」



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