第728話 後継者問題

 エスパール伯爵領からクリスウッド公爵領を経由して国都へ。

 往路同様絡むことも絡まれることもない快適な旅だった。

 ハプニングといえば、旅の最中仲良くなった子供達が離れたくないと駄々をこねたくらいか。

 うちの子達はエウゼを国都に連れて帰ると行って聞かず、エウゼは二人にクリスウッドの屋敷にいてほしいと騒ぐ。

 クリスウッド公がサクリとマルディをリスチャードの養子にしようと真顔で提案したときの親友の顔は、思い出すだけで冷や汗が止まらなくなるほどの迫力だった。

 子供達を宥めるのに三日ほどを要したのは誤算だったが、それでもスムーズな旅だったといえるだろう。


「お帰りなさい、レックス殿、エイミーさん。サクリとマルディも長旅ご苦労でしたね」


 屋敷に戻ると、ママンが自らお茶を淹れて無事の帰還を喜んでくれた。

 ちなみに、家来衆達は国都をスルーして既にオーレナングに向かっている。

 アリスとユミカの体力を考えて一、二泊していけと言ったんだけど、その二人から休憩は不要だと申し出を受けてはやむを得ず。

 

「エスパール伯はお元気だったかしら?」


「ええ。それはもう。本来であれば伯爵位を譲るのはまだまだ先だろうと思えるくらいに精力的に動かれていましたよ」


 エスパール伯は、貴族家当主としては若くはないが決して高齢というわけではない。

 我が家との諍いがなければあと十年は現役でいられただろう。


「そう。それはいいことですね。ただ、ご本人には申し訳ないことだけど、代替わりしていただいたほうが我が家にとってはいい影響が大きいのでしょう?」


 ママンが片方の唇の端を軽く吊り上げながら笑う。

 ここで、『ラスブランの顔が出てますよ?』なんて言おうものなら今晩のおかずが僕だけ二、三品減ってしまうので余計なことは言わず肯定するが吉。


「まあ、そうですね。次期エスパール伯は歳も近いですし、僕のことを慕ってくれているようですので」


「甥にしても、次期エスパール伯にしても、若い方達の人を見る目の確かさにはこの母も驚かざるを得ません」


 確かにアヤセもダイゼ君も僕のことを慕ってくれているけど、それが人を見る目の確かさに繋がっているかどうかは甚だ疑問だ。

 なんせ、慕う対象が狂人レックス・ヘッセリンクなのだから。


「狂人の家の当主を慕うことが果たして人を見る目があると評していいものかどうか悩みどころですがね」


 そう言いながら軽く肩をすくめてみせる僕に、ママンが呆れたようにゆっくりと首を横に振る。


「何を仰るのレックス殿。二つ名に惑わされず人間の本質を見抜いただけでなく、早々に支持を表明するなどなかなかできることではありません。それをやってのけた若者達を人を見る目があると評することは、至極真っ当なことでは?」

 

「お義母様の仰るとおりです。それを考えれば、未来のエスパール伯、未来のラスブラン侯だけでなく、未来のアルテミトス侯もレックス様支持を表明されています。妻としてもヘッセリンク伯爵家の家来衆としても、そんな勇気あるみなさんを称賛せずにはいられません」


 ママンの言葉をエイミーちゃんが間髪入れずに全肯定すると、お姑さんからお嫁さんに力強い拍手が送られた。

 

「素晴らしいわ、エイミーさん。そう、貴女もレックス殿の本質を見抜いた人間の一人ですものね。先代ヘッセリンク伯爵、ジーカス・ヘッセリンクの妻として、貴女のような素晴らしい女性が嫁いできてくれたことを嬉しく思います」


「お義母様……」


 突然のお褒めの言葉に感動したのか、エイミーちゃんの両目から大粒の涙が溢れた。

 それを見たママンが、『まあ、エイミーさんは泣き虫ね』と笑みを浮かべながら席を立ち、エイミーちゃんの涙をハンカチで拭ってやる。

 母と妻が仲良し。

 これほど心の平穏に資するものがあるだろうか。


「あー、わかりました。母上とエイミーが揃って言うなら仕方ない。これからも未来ある若者達に慕ってもらえるよう、狂人の家の主として胸を張ることにしましょう」


「そうなさい。それが子供達の未来を守ることにも繋がるでしょう。サクリとマルディ、どちらが次期ヘッセリンク伯となるかわかりませんが、ね」


 いずれ表面化するであろう後継者問題か。

 正直、やる気がある方が継いでくれればそれでいい。

 そんな風に考えていると、ママンが淹れてくれたお茶ではなく、用意された果実水をグビグビと飲んでいたサクリが真っ直ぐに手を挙げながら元気よく宣言する。


「おばあさま。僕がヘッセリンク伯爵になります! ね? それでいいよね? マルディ」


 サクリから飛び出した突然の後継者宣言。

 マルディは意味がわかっているのかわかっていないのか、姉の言葉に深々と頷いてみせた。

 そんな二人のやり取りを見て僕とエイミーちゃんが驚きに目を丸くするのを尻目に、ママンは真剣な顔で孫達の頭を撫でてやる。


「そう。では、いろんなことを頑張らないといけないわね。そうすると、マルディが国都で私の跡を継いでくれるのかしら?」


「まだまだ先の事ですよ母上。とにかく今は北が落ち着いてくれることを祈るばかりです。何かあれば、ここから駆け付けることになりますからね。折角の親子水入らずを邪魔されないといいのですが」

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