第727話 ローテーション

 王城からお手紙が返ってきた。

 中身は、当面静観の指示、情報収集および共有の徹底、ヘッセリンク伯爵家の暴走阻止の三本立て。

 最後の項目については、伯爵本人だけじゃなく家来衆の暴走も許すなという内容になっていた。

 どうやら信用されてるみたいだね。

 そこまで信用されると期待に応えたくなる気持ちがふつふつとわいてきたりもしたが、事が事なのでもちろん大人しくしておくことにする。


「流石に、といったところでしょうな」


 手紙の内容を家来衆に伝えると、ジャンジャックがどこかつまらないといった響きを含ませながら言う。


「そりゃそうだろ。こっちに脅威が迫ってるならともかく、そうでない段階から兄貴を越境させるなんて博打もいいとこだ」


 メアリの言うとおりなのでジャンジャックも肩をすくめるだけに留めているけど、うちの爺やは僕がGOサインを出したら笑顔で飛び出すだろう。

 

「ただ、万一の備えとしてレックス様には国都待機が命じられたのですね」


 エイミーちゃんの言葉のとおり、王城サイドから出されたオーダーは、暴走禁止の他にもう一つ。

 僕個人への国都待機だ。


「何かあった際、オーレナングからエスパール伯爵領は遠すぎるからな。困ったものだ。当面国都暮らしとは」


 何が困るって、やることがないんだよなあ。

 森に出ることができないうえに、書類関係はある程度の量がまとめて送られてくるから繁閑が凄い。

 この機会に外交を頑張ろうかと思っても、ママンの担当だから僕が出ていってぶち壊すリスクを考えれば安易に手を出すことも憚られる。

 ああ、国軍の召喚士達の訓練にでも混ぜてもらおうかな。


「伯爵様。国都にいらっしゃる間、どのような人員の配置を行うお心積りでしょうか。仰るとおり、下手をしたら長期間お戻りになれないと思うのですが」


 国都にいる間の時間の潰し方を真剣に考えていると、エリクスからそんな質問が飛んでくる。


「人員配置? 特になにも考えていないぞ? 僕以外は全員オーレナングに帰還してもらうつもりだ。あちらの仕事を滞らせるわけにはいかないからな」


「それは、奥様やお子様方もでしょうか?」


 もちろんそのつもりだ。

 子供達はともかく、エイミーちゃんには僕の妻として僕不在の間の当主代行として振る舞ってもらう必要がある。

 二人して国都に長期逗留なんてことはできない。


「私達はレックス様と一緒に国都に留まりたいのですが……ダメでしょうか」


「ダメなものか。では、僕達家族は国都に詰めることにしよう」


 話が変わりました。


【手のひらグルンッ!】

 

 愛妻のおねだりによる高速手のひら返しなので、手首は一切痛まない仕様だ。


「はあ……仕方ねえ。護衛として俺が残るわ」


 僕のラスブランもかくやというレベルの手のひら返しを受けてメアリが呆れたように言うと、エリクスがそれを否定するように即座に首を横に振る。


「何を馬鹿なことを。メアリさんは最優先でオーレナング送りに決まっているでしょう? クーデルさんの我慢の限界が近いはずですから」


 なるほど、一理ある。

 今回は子供達のこともあるので素直に留守番を受け入れてくれたクーデルだったけど、ここからさらにメアリの帰りが遅くなるとなれば大変なことになる可能性がある。

 主にメアリが。


「あと、ステムさんの心情を考えると、一度国都に向かってもらった方がいいかと。お嬢様不足が限界を迎えているはずです」


 さらにデミケルが狂信者仲間の心情を慮った発言を行う。

 

「どこに配慮してんだ文官組は」


 メアリがガックリと肩を落としながら同僚二人に噛み付くが、噛みつかれた側はなんとも涼しい顔だ。


「ヘッセリンク伯爵家のため、同僚が常に最高の状態で活動できるよう差配することも文官の仕事だというお師匠様教えに則ったまでです」


 ハメスロットの教えは正しいけど、多分そういうことじゃないんじゃないかなあと思わなくもない。

 いや、メアリと会えなかったり、サクリを愛でられないことであの二人のパフォーマンスが下がりそうなのは間違い無いんだけど。


「そのせいで俺が最高の状態じゃなくなる可能性は考慮されないんですかねえ?」


 響かない同僚に一矢報いようと再び噛み付きにいくメアリ。

 しかし、文官二人は小揺るぎもせず、むしろ不思議そうに首を傾げてみせる。


「クーデルさんが側にいることでメアリさんの状態が最高じゃなくなるということですか? どう思う? デミケル君」


「詳細は省きますが、あり得ないとだけ」


「お前らあとで覚えとけよ!?」


 クーデルからメアリへの極太矢印は周知のとおりだけど、メアリからクーデルへの独占欲もダダ漏れだからね。

 本人がそれを隠してるつもりなのがまた可愛いわけです。

 

「戯れるのはそこまでですよ貴方達。レックス様が仰ったとおり、レックス様ご家族を除く全員で一度オーレナングに戻りましょう」


 パンパンッと手を鳴らしながら、キャッキャする若手三人を制してジャンジャックが言う。


「本気かよ爺さん」


「話は最後まで聞きなさい。我々家来衆はオーレナングに戻り次第国都に送る人選を行います。そうですね。一度に二〜三人といったところでしょうか。期間を決めて、オーレナングで通常業務を行う組と、国都でご家族の護衛にあたる組を入れ替えれば、エリクスさんの懸念していたような、個人的な我慢の限界も回避できるのでは?」


 つまり家来衆をオーレナングと国都でローテーションさせるってことか。

 

「では、その方向で検討してくれ。みんなの負担が重いようなら無理に護衛を送ってくる必要はないが、個々人が常に最高の状態にいるのにそれが必要というのであれば、僕は反対しない」




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