第726話 軽さが売り
詰所の一室で報告を求められた領軍兵士は終始直立不動のまま、全身に緊張感を漲らせながら持ってきた情報を伝えてくれた。
雇い主であるエスパール伯だけでも緊張するのに、今日は僕もいる。
伯爵、伯爵、領軍兵士。
そんな空間で緊張しないわけがないので、気遣いできるレプミア貴族ランキング二位こと僕は笑顔を絶やさず、努めて明るい声で質問を飛ばしたりと緊張をほぐすことに注力する。
ちなみに気遣いできるレプミア貴族ランキング一位は、長年ヘッセリンクのお隣さんを務めるTHE善の貴族ことカイサドル子爵です。
「別荘を買いに来ただけなのに、ご近所で戦の火の手があがるとは思いもしませんでした」
報告を終えた領軍兵士が退室したのを見届けて僕がソファに沈み込みながら言うと、エスパール伯が苦い顔で首を振る。
「それはこちらにしても同じこと。いや、貴殿を招待したからにはなにかしら騒動が起きることは覚悟していたが、その覚悟を余裕で上回ってくるとは」
「騒動が起きると予見されていた理由をお聞きしても?」
僕を招待することと騒動の発生を覚悟することにどんな因果関係があるのかぜひ知りたいものですなあ。
教えてエスパール伯!
「元々は領土的野心をもって我が国へ定期的に攻め込んで来ていた北の小国群ですが、100年近く前に我がエスパール伯爵領軍を中心とした討伐隊が逆に攻め込んで以降は大人しいものだった。特に、小国群の最南にあるアルスヴェル王国とは友好関係にあり、人の往来も活発なほどだ」
無視だよエスパール伯!
しかし、ヘッセリンクからは逃げられない。
「それはそれとして、騒動が起きると予見されていた理由はお聞かせ願えないのでしょうか」
絶対逃さないという僕の強い決意が伝わったのか、エスパール伯がそれはもう深々とため息をつきながら僕を指差して言う。
「その胸に手を当ててごらんなさい。それで十分でしょう」
レックス・ヘッセリンクは胸に手を当てた!
【国境沿い……? ブルヘージュとの小競り合い、バリューカ逆侵攻、ジャルティクで暗躍。うっ、頭が!!】
心当たり、あり!
思い返すと、隣国と僕との相性が悪すぎるな。
いや、ジャルティク以外は王様からちょっと行ってこいって指示されたものだから積極的に国境を越えたわけじゃないけど。
ただ、なんとなく分が悪そうなので話を変えることにする。
「最も考えられるのは、小国群のいずれかが再び領土的野心に取り憑かれて南下を始めた、というところでしょうか」
「もしそうだとすれば、過去には口に出すのも憚られるほどボロボロにされたらしいのに懲りないものだな」
ブルヘージュもそうだったけど喉元過ぎれば、というやつなんだろうか。
もしそうだとしたら、百年近く動けないほどの傷と恐怖を刻み込まれたらしいのに、よくリトライを決心したものだ。
「まあ、アルスヴェル王国は蛮族と呼ばれた人々のなかでも最も野蛮かつ最も好戦的と呼ばれた者達の子孫。そう簡単に食い破られたりはしないだろうが……」
エスパール伯が腕組みをしながら目を瞑り言葉を切る。
どう動くべきか考えを巡らせているんだろう。
あのえげつない嫉妬の化け物だったおじ様と本当に同一人物なのかと疑いたくなるね。
「当面推移を注視するとして、備えは必要でしょう。なんなら、私がちょっと行って見てきますが」
「……ヘッセリンク伯。今起きているらしいことがゴロツキの喧嘩とは訳が違うということを理解しているかな? いや、例えゴロツキの喧嘩であっても自ら見に行くような真似は控えるべきだが」
「冗談ですよ。場を和ませるための冗談」
もう、冗談に本気で返すのやめてくださいよ。
いや、待てよ?
僕のヘッセリンクジョークが洗練されすぎていたせいで冗談に聞こえなかった可能性が。
「冗談を仰るなら義父であるカニルーニャ伯のように洗練されたものでなければ笑えませんぞ?」
調子に乗ってすいませんでした。
確かにカニルーニャ伯のジョークは上品なんだよなあ。
足りないのは声の深みか?
【落ち着きでは?】
ぐうの音も出ない。
「その道では義父の背中すら見えませんが、さて。予定ではお暇する日も近づいてきましたが、万一の備えとして滞在を延ばしましょうか?」
領軍の皆さんの前で、君達の後ろにはヘッセリンクが控えてるぞ! とぶちかました手前、隣国で戦が起こったと聞いたにも関わらず、じゃあ帰りますとは言い難い。
「大変有り難い申し出だが、私の一存ではなんとも。念のために王城への報告と合わせてお伺いを立ててみよう。ただ、陛下はヘッセリンク伯を動かすことに躊躇いがない方だ。もしかすると、我が領に留まるどころか、本当にちょっと行って見てきてくれと仰る可能性すらある」
ありそうで怖い。
なんならレプミアに近づこうとしてるなら一、二発頬を張ってこいくらい言いそうだ。
まあ、実際は流石に宰相が止めるだろうけど。
「攻め込まれもしていないのにヘッセリンクを他国に派遣するのは、悪手過ぎますね」
「その自覚があるというのに、先程はなぜちょっと行って見てこようかなどという発想になったのか、教えてもらえるかな?」
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