第723話 指導
久しぶりの伯爵様ムーブは、これでもかとエスパール伯爵領軍の皆さんの心に刺さったようで、盛大な護国卿コールが巻き起こった。
手を挙げてコールに応えると、一層湧きあがる男達。
脅威度Dくらいの魔獣なら、この音圧で追い払えそうだなあなんて考えていると、大盛り上がりの筋肉の群れのなかから、一人の若者が進み出てきた。
「護国卿様! 発言をお許しいただけますでしょうか!!」
それまで大騒ぎしていた男達の声がピタリと止み、次いで彼らの圧力が一斉に若者に向けられる。
若造が調子くれてんじゃねえぞ、と。
このまま黙っていると、この後若者がよろしくない目に遭いそうなので慌てて声をかける。
「諸君、落ち着け。まずは、狂人と呼ばれる私に対して発言の機会を求めた勇気ある若者の名前を教えてもらってもいいかな?」
わっつゆあねーむ?
「はっ! エスパール伯爵領軍、国境警備隊に所属しております、ドリンコと申します!」
胸を張って大声で自己紹介をしてくれた若者、ドリンコ。
鎧の綺麗さをみるに、新兵さんなのかな?
強い視線を送る周りの皆さんと比べても分厚さに遜色ないことから、彼自身相当鍛えているようだ。
「よろしく、ドリンコ。エスパール伯。未来ある若者の願いを聞いてあげたいと思うのですが、よろしいですか?」
「……ヘッセリンク伯がよろしいのであれば、私から止めることはせずにおこう」
エスパール伯も厳しい表情でドリンコを見ていたけど、僕の問いかけには渋々といった様子で頷いてくれた。
「お許しがでたところで話を聞こうか。ああ、人に聞かれたくないのであれば場所を変えるが」
意地悪な先輩がいて困ってます、なんていう相談だったらこの場で立ち話はまずいからね。
他所の家来衆にも最大限の配慮ができる男。
それが僕、レックス・ヘッセリンクだ。
しかし、ドリンコはその必要はないとばかりに首を振る。
「いえ、こちらで結構です。護国卿様に伺いたい。私はエスパール伯爵領の、さらにはレプミア王国の平和を守るために諸先輩方と職務に、訓練に日夜励んでおります」
「ああ。諸君らを見れば相当鍛えていることがわかる。エスパール伯もさぞ心強いことだろう」
エスパール伯と揉めている最中ですらいい印象があったのに、関係が改善されたことと、僕に対する好意的な反応で評価は鰻登りだ。
「ありがとうございます。しかし、護国卿様は何かあった時、必ず勝てとは仰らなかった。盾として、耐えろと」
僕と相対するドリンコの表情が、グッと引き締まったように見えた。
お?
雲行きが怪しくなってきたな。
「ヘッセリンク伯爵家がお強いという噂は私のような若輩の耳にも届いております。ですが、何が何でも勝てと、ヘッセリンク伯爵家が来るまでに敵を平らげてみせろと言っていただけなかったことを、悲しく思いました」
つまり、『なにかあったら僕がいるから安心して仕事に邁進してね!』と伝えるつもりで発した言葉を、『てめえらじゃ勝てねえ相手でも俺達ならなんとでもなるから耐えるくらいしておけよなあ! グハハハハ!』と取ったわけだ。
それで、自分達が下に見られているような気がしてプライドが傷ついた、と。
「これはいけないな。普段おじ様ばかりと付き合っているせいか、繊細な若者への配慮を欠いてしまったようだ」
周りが何を言っても倍の強さで返してくるメンタルスターばかりだから油断していた。
これからオライー君が加わるし、今後も若い家来衆が増える可能性はある。
知らないところでノンデリカシー伯にならないよう気をつけないと。
「それで? 私が頭を下げれば気が済むのかな? それともなにか望みでも?」
謝ってくださいというならそうするんだけど、ドリンコの顔を見るにそんなことは望んでいないらしい。
ただ、流石にそれを自ら口にするのは憚られるらしく、ここにきて口篭っている。
なら、優しく水を向けてあげるとしよう。
「そう、例えば……我が家来衆達と一戦交えたい、とか」
「許していただけるならば、エスパール伯爵家家来衆の力をご覧に入れたく思います」
ドリンコの言葉に、周りが強い調子で諌め始める。
僕としてはイキのいい若手は嫌いじゃないので再び皆さんに落ち着くよう声をかけ、後ろに並ぶ家来衆を振り返る。
だーれーにーしーよーおーかなっと。
視線を巡らせると、他所の調子に乗った若手の遊び相手なんかやる気が出ませんといった面子のなか、一人だけ明らかにやる気の笑みを浮かべている子がいた。
OK、いいだろう。
「では、エイミー。勇気ある若者にヘッセリンクとはなんなのか、教えてあげてくれるかな?」
エイミーちゃんを指名すると、嬉しそうに前に進み出る。
一方のドリンコは信じられないとばかりに声を上げた。
「護国卿様! それはあまりにも! いくら私が若輩とはいえ、女性と勝負になるとお思いですか!?」
確かに見た目だけならエイミーちゃんはスレンダーで丸顔がキュートなまるで女神のような女性にしか見えないからドリンコがそう言いたくなることも理解できる。
ただ。
「お前の肝の太さは評価するが、敵を性別や見た目で判断している時点で若さが出てしまっているぞ? まあ、やってみればわかる。一応言っておくが、死んでくれるなよ?」
「いかに護国卿様といえど、そこまで侮られるのわあっ!?」
僕の発言を挑発ととったのか再び声を荒げようとしたドリンコだったが、頬すれすれを掠めて飛んでいった赤い弾丸が最後まで言わせない。
犯人はもちろんエイミーちゃん。
複数の赤い弾丸を浮かべながら、ドリンコに向けてにっこりと微笑んだ。
「武官たるもの、最後にものを言うのは力です。レックス・ヘッセリンクが妻、エイミー・ヘッセリンク。愛する夫への態度も含めて、私が指導してあげましょう。準備はよろしいかしら?」
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