第722話 演説のお時間
翌朝。
もちろん二日酔いで馬車の荷台に括り付けられるようなことはなく、指定された時間に起きて馬車に乗り込んだ。
ふっ。
昨日の夜くらいの嗜む程度の酒量で二日酔いになるわけがないじゃないか。
【結局飲んでる件】
だって、ダイゼ君が貴族家当主になって滑り出しの頃に気をつけることを聞きたいって、酒瓶を抱えて部屋を訪ねて来るものだから。
飲みすぎないようエイミーちゃんとメアリの監視付きだったし、日付が変わる前にはお開きにしたから一切問題はない。
【奥様と家来衆監視の下いただくお酒は、美味しかったですか?】
いや、これがまた美味しくってさ。
なんだっけ。
そう、『火酒・呪い髭』。
なんでも、国都で飛ぶ鳥を落とす勢いの酒蔵があってそこから買ってきたらしい。
さて、そんなわけできっちり早朝に出発した僕達が国境沿いに到着したのは昼をだいぶ回った頃。
案内された詰所の前には揃いの鎧を身に纏った精悍な顔立ちの男達が、直立不動の姿勢をとっていた。
巡回担当の隊を除く衛兵全員が集合してくれているらしい。
美しく整った男達の列を見たエスパール伯は、満足げに頷いたのち、家来衆に向かって大声を張り上げる。
「総員、傾聴!!」
当主の声を受けた男達が、一糸乱れぬ動きで敬礼を行い、再び元の姿勢に戻る。
そのカッコよさに若手三人から感嘆の声が漏れ、ユミカはすごい! とはしゃぎながら称賛の拍手を送った。
頬緩んでますよエスパール伯。
ユミカに褒められて嬉しいのはわかるけど顔引き締めて。
「皆、ご苦労。本日はお客様にお越しいただいている。こちらは諸君ら武人の頂点であり、当代の狂人。レックス・ヘッセリンク殿。そして、その隣の男前が麒麟児と名高いリスチャード・クリスウッド殿だ」
おやおや。
僕のことも男前と表現してくれてもいいんですが。
例えば、そう。
男前の狂人、レックス・ヘッセリンク、とか。
【なぜでしょう、いい予感がしません】
僕もそう思う。
「ではヘッセリンク伯、一言お願いできるかな?」
エスパール伯に促されたので、一歩前に出る。
屈強な男達が、身じろぎ一つせず僕の言葉を待っているという不思議な空間。
いいだろう。
エスパール伯からのオーダーどおり、彼らの勤労意欲を一層喚起するための言葉を贈らせてもらおうか。
「ご紹介に与った、レックス・ヘッセリンクだ。恐れ多くも、国王陛下より当代の護国卿を名乗ることを許されている」
まずは無難にご挨拶。
しかし、驚くことに名乗った瞬間、居並ぶ衛兵達から野太い歓声が上がった。
護国卿様! ヘッセリンク伯爵様! と野郎達が僕の名前を呼ぶ声が鳴り止まないので。パンパンッ! と手を叩いて落ち着かせる。
「声援ありがとう。諸君らのような一線級の武人達から篤く支持されていることを心から誇りに思う。まあ、友人と比べて女性からの声援が少ないことに若干思うところはあるが、な」
肩をすくめながら得意のヘッセリンクジョークを飛ばすと、心得たもので親友も軽口で乗ってきてくれた。
「夜会に出て笑顔で手でも振ってみればいい。流石に歓声の一つや二つ上がるかもしれないぞ?」
「万が一悲鳴が上がったら立ち直れないからやめておこう。それに、僕はたった一人、妻からの支持さえあればそれで満足だ」
そう言いながら後ろに控えるエイミーちゃんに手を振ると、愛妻も微笑みながら小さく手を振り返してくれた。
このやりとりに、衛兵達からさらに歓声が上がる。
ノリの良さ、百点。
「ヘッセリンク伯。できれば惚気ではなく家来衆達の意欲を喚起する言葉を掛けていただきたいのだが」
エスパール伯が咳払いをしながら言う。
危ない。
もう少しでエイミーちゃんを抱きしめに行くところだった。
「失礼。では、手短にいこう。以前エスパール伯爵領を訪れた際に私が最も感銘を受けたのは名だたる観光地や心踊る料理の数々ではなく、領内の治安維持に努める武人達の練度の高さだった。あまりに感動しすぎて、街道沿いで出会った衛兵に心ばかりの酒代を渡してしまった程だ」
エイミーちゃんとメアリは心当たりがあるだろう。
十貴印象会議からの帰り道に野盗に絡まれた時の話だ。
あれから何年も経つけど彼らは元気だろうか。
と、それはそれとして。
「今回久しぶりにお邪魔したわけだが、あの時の評価が間違いではなかったと確信している。一目見ただけでその職務遂行能力が高い水準にあると理解できるほどの身のこなしに、荒々しさが目立つ仕事にも関わらず観光地の雰囲気を損なわない爽やかな態度。当代護国卿として、その境地に至るまでの諸君らの努力に、心から敬意を評したい」
あれだけ爽やかな笑顔で警戒行動できるのは、レプミア広しといえどもこのエスパール伯爵領の家来衆だけだろう。
その笑顔が観光客に安心感を与え、鍛え上げられた肉体と揃いの装備が良からぬことを考えている人間にプレッシャーを与える。
控えめに言っても素晴らしいシステムだ。
「そのうえで言っておくが、東の隣国ブルヘージュと小競り合いが起きたのは記憶に新しいところだろう。長らく穏やかだった東の国境が突然荒れたことを考えれば、ここに同じことが起きないとは言い切れない。万が一北の国との間に諍いが起きるようなことがあれば、諸君らがレプミアを守る第一の盾となる」
僕の言葉に衛兵達が背筋を伸ばし、表情を引き締める。
許されるなら、このままごっそり引き抜いてうちの領軍に組み込みたいくらいの迫力だ。
「勝てれば良し。ただ、それが難しい情勢なら、盾の意地と誇りにかけて必ず耐え抜いてほしい。耐えて耐えて耐え抜けば、必ず私達ヘッセリンクが駆け付けることを約束する。諸君らの背中には、狂人ヘッセリンクが控えていることを忘れないでほしい」
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