第721話 護国卿として

 エスパール伯からの突然の提案。

 mission『北の国境沿いへ行こう!』が発生した。

 自慢ではないけど、僕はレプミアの四方のうち、北を除く三方のついては国境を超えた実績がある。


【東西南については、他国に侵攻したといっても差し支えありませんからね】


 差し支えあるよ?

 侵攻した事実はない。

 いずれも殴られたから殴り返しに行っただけです。

 

「国境沿いですか? 不勉強で申し訳ありませんが、観光地化されているような話は存じ上げないのですが」


 今は平和な時代だ。

 エスパール伯が、『せっかくだから一緒に国境線動かそうぜ!』と誘っているわけではないことはわかっている。

 わかっているけど、以前のちょび髭に呪われたエスパール伯ならそれを言わないとは言い切れない。

 なので、念のためために探りを入れてみると、穏やかな笑みを浮かべたまま肩をすくめてみせる。

 

「流石に国境沿いを観光地化はしておりませんな。今は落ち着いているが、過去から幾度となく北との小競り合いが行われた場所ですから」


「では、なぜ?」


 観光地でもない場所にわざわざ僕を誘う理由とはなんなのか。 


「愚息に聞いたのだが、昨日我が領の衛兵達のことを褒めていただいたそうではありませんか」


 ああ、確かに褒めた。

 十貴院会議で初めてお邪魔した時にも感じたことだけど、治安維持に努めている衛兵陣の練度はおそらくレプミアでもトップクラスだからね。

 エスパール伯の言葉を肯定するために頷くと、元ちょび髭伯が一層笑みを深めながら言う。


「理解していないようだが、当代の護国卿からお褒めの言葉をいただくことが、レプミアの武人たちにとってどれだけの栄誉か。万が一の事態に備えて国境沿いを守る者達の意欲喚起のためにも、ぜひ一声掛けていただきたい」


 つまり、国境を守ってる衛兵諸君に、護国卿としてエールを送れと。


「リスチャード。どうしたらいいと思う?」


 僕がそう尋ねると、リスチャードが眉間に皺を寄せながらも答えをくれる。


「エスパール伯たっての願いだ。当然ひと肌脱いで然るべきだろう」


「もちろんエスパール伯のためならひと肌でもふた肌でも脱ぐのだが、そうではなく。こう、改めて護国卿として衛兵諸君に声を掛けてくれと言われると、緊張してしまうのだが」


 狂人様でもヘッセリンク伯爵でもなく、護国卿として振る舞えなんてオーダー、はじめてじゃない?。

 意欲を喚起するって言っても、頑張って! だけじゃダメだよね?

 そんな風に焦る僕を見たリスチャードは呆れ顔だ。


「緊張もなにも、昨日は気軽に手など振っていただろうに」


 あれはただのファンサービスだから!

 訓示とか、話すのも聞くのも苦手なんだよ。

 そんな風に動揺を隠しきれない僕を見てエスパールがおかしそうに笑う。


「はっはっは! そう深く考える必要はない。ただヘッセリンク伯から一言、これからも励めと言葉を掛けていただければ、それだけで衛兵達のやる気も青天井というものだ」


 本当ですか?

 妙なこと言った挙句に盛大に滑って現場叩き上げの衛兵の皆さんに白い目で見られでもしたら、当分立ち直れない自信があるんですけど。

 断れるなら断りたい。

 ただ、せっかくのエスパール伯からのご指名でもあるし、護国卿として武人達のモチベーションを上げてくれというオーダーなら、逃げるわけにもいかない。

 これも神の思し召しと諦め、受け入れることにする。


「まあ、私の言葉で仕事にハリが出るのならいくらでも声を掛けましょう。ああ、せっかくだから全員と握手でもしましょうか?」


 護国卿レックス・ヘッセリンクと、エスパール伯爵領で握手!

 護国卿を慕う若手貴族の集いに属するメンバーだったら一も二もなく握手を求めてくるかもしれないが、残念ながら国境沿いにはその手の人間はいないらしい。


「それを希望する者にはぜひお願いしよう。では、明日は日の出とともに出発する形になるだろうから、今夜の酒はほどほどにしていただけますかな?」


 そんな釘の刺され方は甚だ心外だ。

 僕がどれだけの大酒飲みだと思われているのか。

 昨日は可愛いユミカを着飾るための特殊ルールが適用されたから深酒をしただけであって、毎晩酒に溺れるような趣味はない。


「流石に今日は飲みません。二日酔いの男がどれだけ素晴らしい言葉を吐いたところで、国境沿いを守る衛兵諸君には響かないでしょうから」


 平和な世の中で何も起きないとはいえ、国境の守備を担い、日々ストレスと戦い続ける衛兵諸君に対して二日酔いで訓示なんかしようものなら、総スカンを食う可能性は否定できない。

 

「飲むなとは言わないが、二日連続で二日酔いなどというようなことがあれば、大恩あるヘッセリンク伯といえど、叩き起こさせていただきますぞ?」


 エスパール伯が拳を見せながら言うので、僕も決意を示すために同じく拳を突き出してエスパール伯のそれにぶつけながら言う。


「その時は、馬車の荷台にくくりつけて国境沿いに連れて行っていただいて結構です。反省できない貴族など、その立場を投げ捨てた方がよろしい」

 

【どの口が……?】



……

………

本日は未来のお話も更新しております。

ぜひご覧ください( ͡° ͜ʖ ͡°)

https://kakuyomu.jp/works/16818093076855298646

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