第720話 明日の予定
エスパール伯、お酒強すぎない?
いや、自慢じゃないけど僕も世代No.1を狙えるくらいには強い肝臓を持っているつもりでいる。
そんな僕が飲み比べで危うく負けそうになり、意地とプライドをかけてギリギリのところでなんとか引き分けに持ち込むのが精一杯だった。
結果、久しぶりの二日酔いで立ち上がることができず、予定していた別荘の内見にも同行できず。
二日酔いで起き上がれないから三人だけで内見してきてねと伝えた時の、メアリの冷たい視線の痛いこと痛いこと。
「いやー、飲みすぎた」
昼前にようやく上半身を起こせるくらいに回復したタイミングでリスチャードが様子を見にきたのでそう反省の弁を述べると、呆れたようにため息をついて天を仰ぐ。
「飲みすぎた、じゃないのよ。学生じゃあるまいし、他所の家で当主と張り合って吐く寸前まで飲む?」
言わんとすることはわかるが、僕にも譲れない事情があってのことだ。
「仕方ないだろう。可愛いユミカにドレスを贈る権利を賭けられては負けるわけにはいかない」
エスパール伯との飲み比べは、まさに負けられない戦い。
待ったなしの一本勝負は、壮絶を極めたと言ってもいいだろう。
「二人で同時に潰れてその権利をあたしにかっさらわれてちゃ世話ないでしょ」
そう。
この勝負は一対一ではなく三つ巴。
その前提を途中から忘れてエスパール伯との一騎打ちに没頭した僕を嘲笑うかのようにペースを保ち、まんまと勝利を手中に収めたのは他でもないリスチャードだった。
「……なあリスチャード。相談なんだが」
「残念。ユミカに贈るドレスは、ヘラとアリスとあんたの奥さんと相談するから、二日酔い伯爵の意見は聞かないわよ?」
「そこを! そこをなんとか!」
必死の嘆願とともにベッドの上から躙り寄って服を掴むと、相変わらず美しい顔面を引き攣らせながら、僕の手を全力で振り払うリスチャード。
「どれだけ必死なのよ!?」
「どれだけと言われると、流石に半分は冗談だ」
つまり半分は本気も本気、超本気です。
だって、ユミカのドレス製作とか一枚噛みたいに決まっているじゃないか。
ただ、勝負に負けた身なこともまた事実。
今回は、潔くその権利を手放そう。
【潔くとは】
「お前なら妙なドレスを贈ってくることはないだろうし、女性の意見が採用されるならなおさらこれ以上ごねる必要もない。そうだ、出来上がったらユミカにそれを着せて国都の夜会にでも連れて行こうか」
ユミカは貴族じゃないから正式に社交の場にはデビューしていないけど、我が家の最も若い家来衆として今のうちからお披露目しておくのはありかもしれない。
そう考えての提案だったんだけど、リスチャードは否定するように首を振る。
「やめておきなさい。ただでさえ天使なユミカがあたしが作らせたドレスを着るのよ? 下手したら、国が傾くわ」
文字どおり、傾国。
今以上に貴族のおじ様達から貢物が届くようになったら、ユミカミュージアム別館の建設が現実味を帯びてくるな。
「……内々でお披露目するからその時には招待しよう」
リスチャードの他に、カナリア公とかロソネラ公とかの既にユミカを可愛がってくれてる皆さんを呼ぶくらいなら、国が傾くようなこともないだろう。
「そうしなさいな。ところで、そろそろ起きれる? 流石に二日酔いで一日潰すのはまずいでしょ」
「そうだな。メアリ達の帰りは夜になるだろうから昼はゆっくりさせてもらうにしても、いつまでも寝てるわけにはいかないか」
とりあえずエスパール伯に挨拶でもしに行こうとベッドを降りるとドアがノックされ、リンギオおじ様ご本人が部屋に入ってきた。
「ヘッセリンク伯。体調はいかがかな?」
心配そうなその表情に、二日酔いの気配はない。
同じ量を同じペースで飲んだのに、二日酔いになっているのは僕だけだったらしい。
レプミアのおじ様方の肝臓はどうなってるんだ!
「みっともないところをお見せして申し訳ございません。だいぶ酒が抜けてようやく立ち上がれたところです」
僕が頭を下げると、気にするなと言うように手を振るエスパール伯。
「いやあ、昨晩は私も久しぶりに量を飲みました。あれだけ飲んだのは、ご家来衆に殴られたうえに謹慎を言い渡されて腐っていた時以来だ」
「反応しづらい発言はやめていただいても?」
大先輩の自虐ほど処理に困るものもないのでシンプルにやめてくれと申し入れると、エスパール伯が軽く肩をすくめる。
「笑ってくれていいのだが」
「では、次に同じことがあれば遠慮なく腹を抱えて笑わせていただく」
「そこまで面白くもないだろうが、それはそれとして。ヘッセリンク伯は我が領ではどちらに足を運ばれたことがあるのかな?」
エスパール伯爵領で行ったことのある場所?
一番印象に残ってるのは、エイミーちゃんと訪れた厳つい外見の教会かな。
「十貴院会議でお邪魔した際には、聖サクラミリア教会に行きましたね。祈りを捧げると子宝に恵まれるという言い伝えのとおり、二人の子供を授かりました」
それほど信心深いタチではないけど、エイミーちゃんと一緒に子供が産まれましたって報告に行くのもいいかもしれないな。
そう考えていると、エスパール伯から意外な提案が行われる。
「それはそれは。ご存知のとおり、あの建物は北の蛮族の侵入を幾度となく防いだ要塞だが、今や国中の恋人たちが足を運ぶ我が領きっての観光地ですからな。しかしサクラミリアに足を運ばれたとなると……どうだろう。明日は国境沿いまで足を運んでみるというのは」
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