第719話 ダイゼと若手 ※主人公視点外

 エスパール伯爵領に着いた翌日。

 俺、エリクス、デミケルの三人は、ダイゼの兄さんの案内でヘッセリンク伯爵家が買う予定の別荘を見に来ている。

 兄貴?

 二日酔いだよ。

 エスパールのおっさんが普通に強えうえに、ユミカにドレスを贈る権利を賭けて勝負なんかしやがるからもういけねえ。

 レプミアの北と西を治める伯爵同士が意地張りあった結果、二人とも同時に潰れちまった。

 勝ったのは、二人の様子見ながら飲む量をきっちり調節してたリスチャードさん。

 まあ、あの人ならおかしなもの贈って来ねえだろうから安心だわ。

 もちろん兄貴も別荘見に来る予定だったんだけど、朝様子を見に行ったら青白い顔とガラッガラの声でダイゼの兄さんと一緒に別荘見てきてくれって言うわけ。

 そうなるとエイミーの姉ちゃんも兄貴から離れねえし、爺さんとオド兄はエスパールの武官と手合わせだとかで気づいたらいねえし、アリス姉さんとユミカはなぜかメイド仕事に混ざってるし。

 仕方ねえから言いつけどおり三人で別荘を見に来たんだけど、現物を見た俺達は揃ってゴシゴシと目を擦ることなった。

 

「まじでこの建物で合ってる? 思ってたのとだいぶ違うんだけど」


 俺がダイゼの兄さんに聞けば、エリクスもずり落ちた眼鏡をそのままに、建物を見上げながら言う。


「自分もこれは予想外です。ダイゼ様、失礼ですが、本当にこちらでよろしいのですか?」


 俺達の様子が可笑しかったのか、ダイゼの兄さんがイタズラを成功させた子供のような笑みを浮かべた。


「三人揃ってそんなに驚かなくてもいいではないか。ヘッセリンク伯爵家に買っていただく屋敷だ。小さいよりも大きい方がいいだろう?」


「デカ過ぎるって! 周り見てみろよ。同じデカさの建物なんて二つか三つしかねえじゃねえか!」


 少しデカいなって話じゃねえ。

 これ、別荘じゃなくてちゃんとしたどっかの偉いさんの屋敷だろ。

 うちみたいな札付きが買うには、悪目立ちが過ぎる。


「デカいと言われればそうだが、仕方ないだろう。あちらがゲルマニス公爵家、そしてその奥に見えるのがカナリア公爵家。向こう側にあるのがロソネラ……」

 

「全部公爵家じゃねえかよ……。え、大丈夫なのそれ。ヘッセリンクのくせに生意気だとかなんとかチクチクやられたらたまんねえんだけど」


 貴族の慣例とか上下関係とかに巻き込まれるのはごめんだぜ?

 最近ようやくそういうのがなくなってきたってのに。


「はっはっは! 同志メアリは心配性だな。大丈夫だ。皆さん、そこまで狭量ではないさ。……おそらくな」


「小せえ声でなんっつった!?」


 いいんだよそんなとこで貴族っぽさ出してくれなくても。

 兄さんの呟きはエリクスも聞き逃さなかったみたいで、困ったように眉を下げながらも勘弁してくれと言うように溜め息をついた。


「ダイゼ様。我が主は、まさかそんなことは起きないだろうと思われる事象を、実際に引き起こす力を持っています。可能な限り後ろ向きな要素は排除したいのですが」


 レックス・ヘッセリンクに『まさか』はない。

 それはどちらかというと後ろ向きな意味なんだけど、ヘッセリンク派なんてやべえ団体で幹部張ってた人間は俺達みてえな凡人とは捉え方が一味違う。


「なるほど。同志エリクスの言うとおり、ヘッセリンク伯は『まさか』を現実にするという奇跡を複数起こしてきた方だからな」 


「いいこと風に言ってくれるけど、その奇跡起こされるとこっちは走り回らねえといけねえことわかってくれますかね?」


 ヘッセリンクとしては兄貴にできるだけ大人しく落ち着いて伯爵様やっておいてほしいわけ。

 これは家来衆の総意のはずなんだが、おかしいんだよなあ。

 こっち側の人間なのに、ダイゼの兄さんの言葉を聞いて満面の笑みでうんうん頷く大男がいやがる。


「おう、デミケル。お前は満足げに頷いてんじゃねえよ」


 そう釘を刺した時にはもう遅かった。

 ダイゼの兄さんが、仲間を見つけたとばかりに嬉しげにデミケルの肩を叩く。

 

「同志デミケル。わかるか?」


 ニヤリと笑いながら差し出された右手を、両手でがっちりと握りながら同じくニヤリと笑い返すデミケル。


「ええ、ダイゼ様。奇跡を起こす男、レックス・ヘッセリンク。まさにそのとおりかと」


「あ、だめな方向で響き合ってやがる。エリクス、お前の後輩どうにかしろよ」


 俺の手に負えねえから学院でも職場でも直属の先輩にあたる親友に丸投げすると、一切考える素振りを見せずに首を横に振った。


「どうにもできませんよ。好きなものを語る時というのは多かれ少なかれああなるものですから」


「ほう。同志エリクスの好きなものについても機会があれば聞いてみたいものだ。なんせ、貴殿達とは長い付き合いになりそうだからな。それぞれの趣味嗜好を知っておいて損はない」


 エリクスの言葉にそんな反応を見せたダイゼの兄さん。

 確かにこの人はもうすぐエスパール伯爵位を継いでレプミア最年少の貴族家当主になる。

 兄貴との関係を考えりゃ、この先よっぽど仲違いしない限り、付き合いは相当長くなるだろう。

 もしかして、兄貴が俺達だけでダイゼの兄さんについていけって言ったのも、将来的なこと見越して顔繋いどけってことだったのか?

 ……いや、考え過ぎか。

 ただの二日酔いだったわ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る